(ボウズ、戻ったか)
(ああ。そういう爺さん、あんたも死ななかったみたいだな。憎まれっ子世に憚るとは言い得て妙だ)
(その言葉、そっくりそのままお前に返してやる)
(じゃあそれを更に返してやろう。……とかいう不毛なやり取りはさておき、どうだった)
(ああ。この間のいざこざは斉華会が仕掛けたものらしい。斉華会は藤正会を潰したがっているからな。斉華会と“紅龍”が接触しているという話も聞いた……“紅龍”と言えば、日本へ大量に密造拳銃を持ち込んでいるとして警察も警戒しているチャイニーズ・マフィアだ)
(……この辺りの住人に、柄のよくない連中が軒並み声をかけてる。多額の報酬をちらつかせて、何か危険な仕事をさせようとしているようだ)
(誰か、応じたものはいるか)
(いや……リコの母親の件がある。彼女は射殺されていた……それを知ってなお受ける馬鹿はいないだろう。だが、断ってもしつこく声をかけてくるんだと、皆、不安がっていた)
(運び屋でもさせるつもりか。それとも……)
(運び屋を装わせて藤正会の目を惹き付けている間に、別の場所で本当の取引をしようとでもいうのか)
(俺もそう思う。大量の拳銃が斉華会に渡ったら、藤正会としても面倒なことになる。力尽くで妨害しようとするだろうな)
(リコの母親は、それで殺されたのか……?)
(可能性は高いな。それに、殺されたのが嬢の母親だけとは限らん。死体が見つかっていないだけで、もっと大人数の『囮』が殺されている可能性もある。そもそも、『表』の連中の目に触れんだけで、この辺りでは死体なんぞ珍しくもない。そういうご時勢だ)
(なら……もう少し、警戒を強めた方がよさそうだな。正直、何もかもが護れるとも思えないが……やることはやっておかないと、確実に犠牲が出るぞ、このままでは)
(……おじいさん、飛鳥)
(おう、ここだ)
(どうした、婆さん。なんかあったのか)
(マキノさんのところの、真ん中のお兄ちゃんが帰って来ないの)
(!)
(それに……カガワさんの様子もおかしくて。そういえば、ユミちゃんの姿を見ていないわ)
(まさか……)
(ユミを人質にとって、仕事をさせるつもりか)
(……爺さん、俺はマキノさんのところに行って来る)
(ああ。なら俺はカガワの様子を見に行こう)
(気をつけろよ)
(お前が俺を気遣うとは珍しいじゃないか。明日は雹が降るかも知れんな)
(五月蝿い、早く行って来い。まったくたまに心配したらこれだ……)

 ――あの時は、別れが間近に迫っているだなんて、思いもしなかった。

 * * * * *

 飛鳥がごろつきたちを真っ平に伸ばし、シュメルツの全身の関節を無造作に外してから一週間弱が経っていた。
 あの日、シュメルツが顔を見せなかったと言う事実ですべての状況を察したらしいヴェーエトロースは、飛鳥がそれについて何も、誰にも言わないのを『無言の脅迫』と取ったらしく、時折反抗的な態度を見せつつもそこそこ真面目に、それなりに懸命に働くようになった。もちろん、使えなさで言えばこの近辺でもナンバーワン級だが、少しは声も出るようになって来たし、どもらなくなったし、客と多少談笑出来るようにもなってきたし、まったく伸びていないわけではないのである。
 ちなみに、飛鳥としては別に脅迫するつもりもなく、シュメルツと彼の付き合いなど逐一報告などしてコーネの心労を増やしたくもなく、真面目に働くなら水に流してやってもいい、程度の認識でいるのみだが、後ろ暗い思いがある分、変に勘繰ってしまうのだろう。
 しばらく勘繰らせておいた方が真面目に働いていい、ということで訂正もしていないため、ヴェーエトロースの試練はまだまだ続きそうだ。
「……若」
 飛鳥たちは現在、店番をヴェーエトロースとイスフェニアという異色の取り合わせに任せ、昼食を摂りにフィアナ大通りへとやって来ている。
 へっぴり腰のヴェーエトロースと無表情のイスフェニアがどういう接客をするのかものすごく気にはなるが、空腹の方が先立ったのでそちらは放置したかたちだ。
 金村が飛鳥に静かな声をかけたのは、飛鳥が、汁物屋の親爺から、豆のでんぷんから作った透明な麺、つまり春雨を使ったスパイシーなスープ、料理名としてはロートというらしいそれを受け取っている時のことだった。
「どうした、金村」
「いや、朝から顔色が優れねぇみてぇだが……何かあったのか?」
「……」
 透明な麺とともに、わずかな豚挽肉やヴュルツェという葱に似た薬味(ちなみにヴュルツェはドイツ語で薬味・気持ちのよい刺激などという意味なので、そのままもいいところである)、青菜や人参に酷似した野菜の細切れが浮かんだ赤いスープの表面を見遣って飛鳥は沈黙する。
 天然朴念仁の癖に何でそういうところばかりよく見てるんだと溜め息のひとつもつきたくなるが、飛鳥が溜め息をついてみせたところで、金村には何のことか判るまい。
「若?」
「……夢見が悪かっただけだ、気にするな。それ以上でもそれ以下でもない」
 飛鳥が見たのは、十日ほど前の夢の続き、正確無比な記憶の再現だった。
 あの時、任侠だなんだと偉ぶっている連中の傲慢と、拳銃などという人殺しの道具が、いくつもの家族を引き裂き、彼を受け入れてくれた人々を何人も喪わせた。その中には、飛鳥の実質的な養い親もいた。
 ――だから飛鳥は矜持のないヤクザを嫌悪するし、覚悟を持って武器を扱わない人間を憎悪するのだ。
「そうか」
 飛鳥のそんな胸中を知ってか知らずか、金村はしばし沈黙を保ったが、ややあってそう応えた。
 飛鳥は木の椀を手にしたまま器用に肩を竦めてみせる。
「あんただって嫌な夢のひとつやふたつ、見るだろう。それだけのことだ」
 絶望したし、苦悩もした。
 世界の終わりを錯覚もした。
 それでも、『彼ら』が飛鳥を責めていないことが判る。
 『彼ら』が飛鳥に望んでいるものがなんなのか、知っている。
 だから、飛鳥は生きている。
 それだけのことだと思うから、飛鳥は揺らがない。
「そういえば金村、あんた、こないだの模擬戦でシュバルツヴィント将軍から一本取ったらしいじゃないか。ずいぶん張り切ったんだな」
「ん、ああ……そうだな、あの時は確か、正式に若の近衛として任命された直後だったからな。俺としたことが、つい年甲斐もなくはしゃいじまった」
「……色々な部分に突っ込みたいが、たぶん突っ込んだところで無駄だろうからやめておこう。とりあえず飯だ飯。明後日にはシュプラーヘ博士が復帰するらしいから、こっちで出来ることは今日中に仕上げておかないとな」
「ああ、そうだな、そうしよう」
 飛鳥が木の椀を片手に持ちながら、木を削って作ったフォークとスプーンのあいのこのようなカトラリーでもってロートを攻略し始めると、金村はそれを微笑ましげに見ていたが、ややあって自分も、フランスパンに似た風合いの“リーンなパン”を野菜がたくさん入ったスープに浸けて食べ始めた。
 飛鳥は飛鳥で、
「あ、この歯応え、楽しいな」
 人生で初の春雨を楽しむ。
「ん、若はこういうの初めてなのか」
「ああ、向こうにいたころは、正直、食にはほとんどこだわりがなかったからな。カロリーと必須栄養素がそれなりに摂れればそれでいい、という意識しかなかった」
「今はどうなんだ?」
「そうだな、今は楽しんでるんだろうと思う。それに、食うってのは文化の極みなのかもしれないとも思っているな。食べ物にはたくさんの歴史があるし、人の手もかかってる。生産者の思いもこもってるだろうし、奥深い代物だ」
「そうか……そりゃよかった。だが若、そりゃあ辛くねぇのか? ずいぶん赤い気がするが……赤いだけか?」
 金村に問われて、春雨を啜り上げたのち飛鳥は小首を傾げる。
「辛いって感覚がよく判らないから、なんとも言えないな」
 飛鳥が言うと、金村も首を傾げた。
「その、辛さが判らねぇっての、俺にはよく判らねぇが……味覚障害か何かなのか?」
「いや、障害というよりは、どうも俺の味覚は未発達で、しかも相当鈍いらしい。投薬の副作用なのか知らんが、物心ついたころにはこうだった」
「投薬……何か病気を?」
「あー……まぁ、そういうことにしておけ。甘さというのは何となく判る。塩辛いというのも多少は判る。あとはただの刺激としてしか感じられない。っつっても、嗅覚は発達してるし、毒だの人体に害を及ぼすものは舌に載せただけで判るんだけどな」
 飛鳥が以前、シャーベフルツの馬鹿領主・ジオールダにヒッツェなる激辛香辛料を勧められて口にした際、何の反応も示さなかったのは、そういう事情からなのだった。
 そのため、現在も、飛鳥の食事とは、色や形状、香りや歯応えを楽しむものであって、繊細な味付けや複雑な味わいなどというものは、飛鳥には認識出来ないのだ。
 突出した機能と引き換えにしたかのように、いくつかの不具合、欠落を持つ飛鳥の肉体だが、味覚に関するそれは、その最たるもののひとつだろう。
「辛いとか辛くねぇとかそういう問題でもなさそうだな」
「ああ、生まれてこの方ずっとこうだからな、辛いもクソもない。それに、俺は俺なりに食うってことを楽しんでるから、まぁ、別にいいんだ。たくさんは食えなくても、皆と一緒に食卓を囲むのは楽しいってことも判ったしな」
「なるほど……なら、まぁ、問題ねぇか」
「そういうことだ」
 金村が納得したように頷き、目を細めた。
 ほのぼのとした空気が流れ、愉快な話題にこと欠かない黒の加護持ちとその眷族の和やかな会話に、周囲からもほのぼのとした視線が注がれる。
 と、そこへ、
「アニキ、金村のアニキ」
 両腕に山のような食べ物を抱えた圓東と、彼の護衛役であるノーヴァとが足早に近づいて来て、その視覚的暴力は俺に喧嘩を売っているのかといつものようなやり取りをしかけた飛鳥は、ふたりの表情が硬い、もしくは困惑していることに気づいて首を傾げた。
 同時に、図ったかのように、ざわざわとフィアナ大通りの一角がざわめく。
「どうした、何かあったのか」
「いや、それが……うーん、どうなんだろ、あれ。ノーヴァはどう思う?」
「俺もなんとも言えないな……微妙だ」
「?」
 飛鳥は首を傾げつつも、特に差し迫った危険の気配がしないこともあって、暢気に春雨スープを啜っていたのだが、フィアナ大通りの一角に、先日全身の関節を外してやったシュメルツとその取り巻きの一部の十名ほど、そしてどこか見覚えのある男たちの姿を見い出して眉をひそめた。
「あいつらは……確か、ブレーデ一家の……」
 シュメルツたちと、ブレーデ一家の生き残り四人は、どうやら睨み合いいがみ合っているようだった。何ごとかを低く罵り合い、一触即発と言った空気を滲ませている。
 ただ、買い物に来ている一般人たちに暴力を揮うといった様子は見受けられず、なにをやってるんだあいつらは、と呆れながらも、春雨の歯応えを楽しみ、スープの独特の香りを楽しんでいた飛鳥だった。
「あっ!」
 ややあって、シュメルツの視線が飛鳥を捉えた、と思うと彼らがこちらに向かって突進してきた。
 そう言うだろうな、と予測はしていたのだが、
「……若は食事を続けてくれ、俺が何とでもする」
 案の定、の金村の申し出に頷き、木の椀を手に事態を傍観する。
 途中、汁物屋の親爺に、ヒッツェを粉にして何種類かのスパイスと混ぜたものを振りかけると更に風味が増すと聞いて、親爺からその七味的な粉末をもらい、実践していると、
「探したぜ……」
 腕のいい魔法医にでもかかったのか、関節を全部外された後遺症など感じられない動きでシュメルツが飛鳥たちの前に立つ。お礼参りという奴か、と思ったが、それにしてはブレーデ一家の生き残りと一緒なのが解せない。彼らの間につながりはなかったはずだ。
「何か用か? 俺は今見ての通り忙しいんだが」
 見ての通りもくそもないことを言うと、シュメルツの顔が紅潮した。
 怒ったかと思いきや、何故か彼の取り巻きたちや、ブレーデ一家の生き残りたちも頬を紅潮させている。――彼らの目が潤んでいるような気がするのは気の所為だろうか。
「黒の加護持ち!」
 シュメルツの高らかなその呼ばわりに、やっぱりお礼参りか、まぁ金村に任せよう、などと再度汁椀に口をつけていた飛鳥は、
「俺たちを、身も心もあんたの奴隷にしてくれっ!!」
 いきなりのその言葉に思わず汁を吹いた。
 更に若干咽(むせ)る。
 ちなみに、汁物が気道に入って咽るのも人生初めての経験だ。
「な、」
 咳き込む飛鳥の背中を心配性の母親よろしく金村がさすっているところへ、今度はブレーデ一家の残党四人がシュメルツたちを押し退けるように前へ出て、
「黒の加護持ち……いいや、アスカ様! そんな連中のことは放っておいて、おれたちを下僕にしてください! おれたちはあんたに命を救ってもらったんだ、あんたの下僕になる資格がある!」
 どういう論理だ、と飛鳥が胸中に裏拳を放ちたくなるようなことを主張した。
 これにはシュメルツたちが黙っておらず、
「はァ!? テメ、俺たちに喧嘩売ってやがんのか? 俺たちなんか、黒の加護持ちに手ずからボッコボコに伸されたんだぜ? 俺たちの方が優先に決まってるだろ!」
 やはり何かおかしいと突っ込まざるを得ない論理を展開する。
「……ちょっと待て、」
「そんなこと知るかよ! アスカ様はおれたちみてぇな、クズだゴミ溜めの虫だって言われてた人間まで助けてくれたし、助けようとしてくれたんだ。生き残ったおれたちのするべきことは、その恩を返すことだろうが!?」
「知らねぇなそんなこたぁ! あの拳の硬さ、熱さ……忘れられっこねぇ。医者に身体を治してもらいながら考えたんだ……ああ、俺はこの人についていくために生まれたんだ、ってな……!」
「だから、」
「てめぇらの言い分なんざどうでもいいっつーの! とにかくアスカ様の下僕になるのはおれたちだ、痛ぇ目に遭いたくなかったら引っ込んでろ!」
「ハッ、そりゃこっちの台詞だ! なんなら、どっちが奴隷に相応しいか、ここで決めてもいいんだぜ……!?」
「……」
「おお、望むところだ、後悔すんなよ!?」
「そっちこそ、泣いて土下座しても容赦しねぇからな!」
「いいからとりあえず黙れお前ら」
 自分には理解出来ない舌戦に、理解しようという意識をあっさりと放棄し、固めた拳でシュメルツとブレーデ一家の残党を殴り倒す。
 ぎゃあ、という声とともに引っ繰り返った男たちは、しかしどことなく嬉しげで、殴られなかった連中は羨ましそうな目を彼らに向けており、飛鳥は、何をさておいてもこの場から離れたい、という激しい誘惑に駆られたのだが、
「……つまり、何だ」
 しみじみとした風情の金村が、漆黒の双眸に妙な共感の色彩を載せて十数人の男たちを見渡し、
「若に命を救われたり、ぶん殴られて目が醒めたりして、こりゃあもう下僕になるしかねぇって思ったわけか」
 それは俗に言う『新しい世界に目覚めちゃった』というやつではなかろうか的な、まったくもって余計な解説をしてくれたので、その場で遠い目をするしかなかった。
 飛鳥としては、昨日の今日で胡散臭過ぎるだろう、実は降参したふりをしてこちらが油断した隙に……とか企んでたらどうする、というもっともな主張をしたかったのだが、男たちのキラキラした目だの全身から発散されているオーラだのから、そっちのセンはないということが本能的に察せられてしまい、正直『飛鳥たちの油断を待って、復讐するつもりでいる』の方がまだマシだった、などと思った。
「そう! そうなんですよユージンの兄貴! あんた、話が判るお人だ……さすがはアスカ様の下僕頭だぜ!」
「はは、そう褒めるなよ、照れるじゃねぇか」
 ……しかも金村からして、下僕頭とか言われて喜んでいる始末だ。
 飛鳥は真剣に眩暈を覚えて眉間を押さえた。
「若」
「却下だ」
「まだ何も言ってねぇんだが」
「言われなくても判る」
「……以心伝心ってやつか。そりゃなかなか嬉しいもんだな」
「そこで喜ぶな、頼むから」
 飛鳥は盛大な溜め息をついた。
 何を言っても無駄な気がして仕方ないが、ここで押し負けるとまた欲しくもない下僕とやらがぞろぞろついてくる。
 が、
「アスカ、彼らにとっても更生のいい機会ですよ! そりゃ俺としてもライバルが増えるのは困りものですけど、でも、飛鳥にお仕置きされるのが嫌いじゃないなんて、俺としては親近感を覚えるしかないですし!」
「アニキ、おれ別に構わないから、部下にしてあげたら? この人たちの気持ちも判るからさー」
「キースの兄貴、あんた……俺たちはあんなひでぇことしたってのに……!」
「アッおれにそのキラキラした目を向けるのはなしの方向で! でも兄貴って呼ばれて悪い気はしないなんて言わない!」
 身近な人々、一般的に黒の加護持ちの下僕と思われている連中に、口々にそんなことを言われると、色々なものがどうでもよくなってくるのも確かだ。
 大層賑やかなフィアナ大通りの片隅で、頭を抱えたい気分でいる飛鳥を、通りすがりの買い物客たちが、諸悪の根源というか騒ぎの大元といった目で見ていく。見世物になりたいわけでなし、誤解だと思わず誰彼構わず主張して回りたい衝動に駆られるが、もちろん無意味だと理解してもいる。
 げっそり、というのが、たぶん今の飛鳥の心境としては正しい。
「……俺は何か悪いことをしたのか……」
 アンニュイな溜め息が鼻から抜けて行く。
 ただ、何となく、魂が察している。
 何度突っぱねても拒絶しても、初めのころの金村たちと同じで、彼らは決して諦めないだろう、という意識と同等に、これから先に起こることに対して、人手が必要になると『流れ』が告げているのだと……それが、今後、このリィンクローヴァの未来にも関わってくるのだと。
「……」
 飛鳥はもう一度溜め息をつき、期待と不安と懇願を様々な色合いの目に載せて、そわそわと飛鳥を見つめる男たちを見遣った。
「……仕方ない」
 無論、手は打つ。
 彼らの裏切りが、他者を傷つけることのないように。
 だが、飛鳥が彼らを受け入れることで、その力が、リィンクローヴァを護り発展させるエネルギーとなるのなら、それは悪くない、とも思うのだ。
「一ヶ月間、ツァールトハイトのところに弟子入りして、『教育』に耐え切れたら、考えてもいい」
 飛鳥としては最大限の譲歩でそういうと、十数名のいい年こいた男たちの顔が輝く。喜びのあまり涙を流してその場に倒れ込むものまで出た。
 つい先日まで敵対していたはずなのに、一体どこで何をどう間違ってこうなってしまったのか、と思うと、正直心底鬱陶しい。が、たぶん後戻りは出来ないんだろうな、という諦観もある。
「しかし、仲間が増えるってのぁ、嬉しいもんだな」
「……頼むからあんたは黙れ……」
 本気で嬉しそうな金村に、飛鳥は何度目かの眩暈を堪えた。

 ――こうして、後世にはエルルーヴェ隊と呼ばれることとなる、飛鳥馬鹿の巣窟の母体が発足したのだった。