――辿り着いてみたら、下僕たちが殴り合いの喧嘩をしてました。
「アスカに続いて先陣を切るのは俺だ!」
「はァ? お前脳味噌腐ってんじゃねえの? そんなもん俺に決まってんだろ!」
「馬鹿抜かせ、お前らごときが二番手じゃアスカが迷惑するばっかりだ、ここは俺だろう」
「シュメルツさんには悪いけど、オレ、こればっかりは譲るつもりねぇから!」
 とか、そんな理由で。
 素晴らしく生暖かい気持ちにはなったものの、やるべきことがありすぎる飛鳥としては、色々な部分に突っ込む手間などかけるつもりもなく、また不毛すぎて馬鹿馬鹿しいと言う意識も大きかったので、
「五月蝿い黙れお前ら」
 ひとりひとりを満遍なく殴り倒し、
「この局面で協調出来ない馬鹿は要らん、帰れ」
 絶対零度の声音と眼差しで宣言する、という手段に訴えるに留めた。
 まだ足蹴にして硬い靴底で踏み躙るという行為に及ばなかっただけやさしい対応だと思う飛鳥である。
 本気以外のなにものでもない飛鳥の言葉に、元ごろつきと元ブレーデ一家の生き残り、現飛鳥の信奉者にして下僕たちは顔を引き攣らせて飛び起き、直立不動の姿勢を取る。そのくせ、殴られた箇所を嬉しそうにさすっているような気もするが錯覚だ。
 赤茶色の目に青みがかった灰色の短髪、蛇のような目をしたシュメルツ、青緑の目に茶色の髪、頬に火傷のような痕があるディライン、銀色がかった紺の目に金茶色の髪、一際背が高いゼクス、明るい緑の目に黒っぽい茶色の髪、もっとも体格がいいケルヴァー。
 四人とも別段これと言った特徴のある顔立ちではないものの、少なくともまとう雰囲気は、明らかに場慣れした『その筋』の人間のものだ。
 といっても、飛鳥にしてみればちんぴらに毛が生えたようなものでしかないが。
「本当はお前らをここに来させるつもりはなかったんだけどな……まあ、来てしまったものは仕方ない」
 飛鳥が言うと、シュメルツがものすごく不本意そうな顔をした。
「何でだよアスカ、俺ら、あんたの役に立ちたくてここに来たんだぜ」
「俺が呼ぶつもりだったのは金村と圓東だけだ。お前らは押しかけてきただけだろうが」
「……それは、だって……なあ」
「ユージンのアニキとキースのアニキをふたりだけで行かせるのも心配だったし」
「アスカが行くんならオレたちも行きてえし」
「なあ」
「ツィー様に鍛えてもらった成果も見せたいし」
「それに、俺ら結構強いんだぜ。いや、そりゃアスカには全然敵わねぇけどさ」
 先ほどまで喧嘩をしていたことなど忘れたかのように、情けなくも眉根を下げた男たちが顔を見合わせ、頷きあう。飛鳥は額に手を当てて大袈裟な息を吐き、妙なタイミングで通信を入れてしまった自分の迂闊さを若干呪った。
「ツァールトハイトから終了証明をもらってないようなひよこを最前線に投入できるか、馬鹿どもめ。そもそも今までお前たちがやってたのはちんぴらごっこだ、誤った認識のまま戦場に行かせて周囲に迷惑をかけられるのは困るんだよ」
「……それは、その」
「すんません……」
 飛鳥の厳しい物言いに、全員二十歳を超えていて身長は百八十cm以上というガタイのいい男たちがしゅんと俯く。
 視覚的暴力だと思ったが口に出すのも面倒だったので、再度大袈裟な溜め息をつくに留め、
「シュメルツ、ケルヴァー」
「はい」
「あ、はい」
「お前らは圓東を手伝って仕掛けの細工を準備しろ」
「判りました」
「ゼクスとディラインは金村と一緒に仕掛けの設置だ。出来た端から持って行って設置して来い。難しいものはないが数が多い、手際よくやれ」
「はい、アスカ」
「それが終わったら避難所に行け、と言っても聞かないだろうな」
 飛鳥が言うと、四人は同じタイミングで血相を変えた。
「当たり前だろ! あんたやユージンのアニキが戦うのに、俺たちは残るなんて、冗談じゃねえ!」
 シュメルツが皆を代表して言うのへ、飛鳥は鋭い視線を向ける。
 それだけで、四人は息を呑んで固まる。
「シュメルツ、お前が弱い人間を殴って楽しんだり、そいつらから金を脅し取ったりするようになったのは何故だ」
「え……何故、って言われても……そりゃ、おふくろが早くに死んで、親父がクズだったから、じゃねえの。俺、今でも親父のことはブッ殺してやりてえって思ってるしな」
「お前たちは?」
「似たようなもんです。オレは親がいなくて、物心ついた頃にはかっぱらいをやってました。大人には殴られた記憶しかねぇし、優しくされたこともなかった。だったらオレもひでぇことしていいんだ、って思ってた」
「ディラインとほとんど同じだな、俺は」
「俺は親に捨てられてブレーデ一家に拾われたんだ。仲間って認めてくれるのが嬉しかったから、何でもやった。まちの、綺麗な場所に住んでるやつらは全員敵だって教わったから、何でも平気だった」
「そういう人間も全部護るのが、今回の戦争だ」
「!」
「死ぬのが俺やお前らだけならいい。そんなものは自分の責任だからな。だが、ゲミュートリヒ市の防衛線を突破されたら、まずここの人たちの大半が死ぬ。避難所に篭もってる非戦闘員たちが捕虜になるだけで済む保証はない」
「それは、だから、」
「ここの人たちが善人か悪人かなんてのは関係ない。俺たちが善人であるか悪人であるかも関係ない。そこには絶対的な『なすべきこと』しかない。――……剣の重みを知れ、ってことだ。その剣に、このまちの安寧と、このまちに生きる人たちの命が全部かかってる。それを理解して、覚悟して加わる戦いじゃなきゃ、意味がない」
「だけど……俺みてえなクズが、そんな」
「お前をクズだと言うのは誰だ? まちの人間か? ――それとも、お前自身か? 俺はクズを下僕にした覚えも、身内にするつもりもないぞ。自分はクズだからとかいう安易な言葉で自分を楽にしようとするな」
 鋭角的な飛鳥の言葉に、シュメルツのみならず同じような生き方をしてきたと思しき三人も息を呑んだ。
「同時に、お前たちが俺の下僕とか言うものになったからには、俺にはお前たちの命も守る義務がある。半端な気持ちのやつを戦場に突っ込んで、むざむざ死なせるわけには行かない」
 きっぱり言うと、四人が言葉に詰まる。
 肩が震えていたから、ショックを受けているのかと思ったら、
「か……感動した……」
「あ?」
「俺、誰かにこんなこと言ってもらったのって、生まれてはじめてかもしれねえ……!」
「俺も俺も。やばい惚れ直した」
 シュメルツを筆頭に、頬を上気させ目を潤ませながら、何故か両手で胸元を押さえている。
 薮蛇、という言葉が脳裏を過ぎった。
 しかし、
「判った、アスカ」
 四人が真面目な顔で居住まいをただしたので、恐らく無駄な言葉ではなかったのだろう。
「多分俺たちじゃ、満足な戦いは出来ねえ。でも、何かしなきゃって思いはある。別に街の人間のためじゃねえ、あんたがそうまで言ってくれることに対して何か返さなきゃいけねえって思うだけだ」
「怪我人を運ぶとか、必要な物資を届けるとか、そんな小間使いみてえなことでいい、あんたが止めてもやる」
「……なるほど」
 飛鳥は小さく息を吐き、頷いた。
「いいだろう、なら、仕掛けの諸々を終えたらビノーのところに行け。あの人にその旨を申し出ろ」
「はい」
「提示された内容に対してぐだぐだ言うなよ、任されるだけで幸せだと思え」
「はい!」
「なら……行け。俺は忙しい」
「はい。ええと……あの、武運を、アスカ」
「……当然だ」
 飛鳥がかすかに笑ってみせると、四人は安堵の顔をして、それから表情を引き締めて足早に立ち去っていった。
 それを見送って、
「さて、次は……」
 飛鳥は、再度準備に勤しむ。