金村勇仁は小さな欠伸をして、眺めていた本を閉じた。
神聖語とやらで書かれた説明図つきの事典は、装丁は見事だし絵を見ているだけで飽きないが、内容がまったく判らないのでは仕方がない。
賢者ハイリヒトゥームが施してくれた魔法とやらのお陰で言葉は通じるようになったし簡単な文字も読めるようになったが、それは日常的で一般的な範囲だけのことのようだった。イスフェニア曰く、神聖語は学術語にも通ずる難しさを持つ言語で、よほど勉強しないと理解出来ないらしい。
勇仁は外見に似合わず(と、誰もが口をそろえるのだ。本人は首を傾げるばかりだが)読書も勉強も嫌いではないので、そのうち読めるようになりたいと思いはするものの、今はそれどころじゃねぇかと苦笑し、本を本棚に戻す。
水差しから銀のコップに水を注ぎ、それに口をつけていると、
「よし、出来たっ」
奥の部屋から圓東鏡介の声がして、バタバタという足音ともに気配が近づいてくる。
「見て見てっ、金村のアニキ! 出来たよ! さすがおれ、天才!」
騒々しくひとりで喋りながら、篠崎組に入った六年前からまったく顔立ちの変わっていない下っ端構成員が居間(あまりに広いのでそのカテゴリでくくっていいのか不明だが)に走り込んで来る。手には小さな箱のようなものを持っていた。
これで勇仁の『若』より三つ年上だというのだから人間の顔というものはよく判らない。
「なんだ、しばらくこもってると思ってたら、何か作ってたか。そりゃ何だ、箱か?」
しかし勇仁は、まだ彼が若頭などという立場ではなかった頃から、この少年めいた青年の面倒を見ているので、圓東の扱いや言動には慣れている。年の離れた弟のようなものだ。
――弟、という言葉は、何度意識にのぼっても、何度口にしても何度耳にしても、勇仁にやるせないような虚しいような、ほんの少しの感情の揺らぎをもたらしたが、彼はその感覚にはもう諦めがついていた。
人生、自分の思い通りになることばかりではないのだ。
「おっ、いやいやさすがお目が高いですねダンナ。さささ、まぁこちらへ。天才職人圓東鏡介様の力作、観てくださいよ」
満面の笑みとともに、幇間(たいこもち)ばりに胡散臭い敬語で勇仁を手招きした圓東が、ガラスのテーブルにくだんの箱を置く。
つやつやとした黒の塗料で色を塗られたそれは、一辺が十五センチ前後の正方形で、天辺には綺麗に円を描く木製の取っ手が取り付けてある。
『若』が寝込んで一日と半分、少年はなかなか目を覚まさなかったが延々寝ているだけで看病も必要なく、自然に意識が戻るまで待とうという医師の指示のまま安静に寝かされていた。その結果暇を持て余したか何かで、ノーヴァに頼んで木切れだの塗料だの釘だのを手に入れたと思っていたら、圓東はこんなものをこしらえていたらしい。
いつも思うが、器用な人物だ。
「ほう」
顔を寄せて見てみると、側面には紐を使った小さな出っ張りがつけられていた。箪笥のように、この小さなつまみを引っ張って中箱を出すのだ。
「小物入れみてぇなもんか?」
半分に内部を区切られた半箱を引き出し、更に戻しながら勇仁が言うと、圓東はにこにこ笑って正解! と拍手をした。
「アニキにあげようと思ってさ。携帯電話とか、入れたらどうかなーって」
「ああ、そりゃあいい。上に取っ手がありゃ持ち運びにも便利だしな」
「そうそう、そのうち他に入れるものも増えるだろうしね」
「そうだな、きっと役に立つ。しかしあれだな、いつ観ても見事な出来だ。俺も今度何か作ってもらうかな」
「うん、言ってくれたら何でも作るよ」
「そうか、じゃあまた頼む」
「了解です。いやー、でも簡易工具一式持ち歩いててよかった。こっちの工具って、こういう世界だから当然かもしれないけど大味なのが多くてさ、使い慣れるまではなかなか大変そうなんだよなー」
言った圓東が自分の腰を指し示すとおり、彼のそこには小振りの鞄がある。黒一色のうえあまり厚みもないので、黒っぽいジーンズなど穿いていると判り辛いのだが、向こうの世界では、圓東は常にその鞄を携帯していた。
中には、小振りのドライバーややすり、工作用ナイフ、ミニサイズの折りたたみのこぎりや彫刻刀、ネジや釘、紙やすりなどがきちんと整理整頓されて収められている。
これが思わぬ時に役に立ったりするので、勇仁も圓東という存在ともども重宝していた記憶がある。彼は残念ながらあまり器用ではなく、細かい作業は苦手なのだ。
ただ、今日は向こうから穿いてきたジーンズだからいいものの、こちらの世界の衣装とあの鞄とでは、ちょっとイメージがちぐはぐ過ぎるような気もする勇仁である。
「そうか。まぁ、お前の特技を活かせるいい機会があればいいな、今後」
「ほんとだねー。勉強とか喧嘩とか、しろって言われても無理だもんな、おれ。アニキが言ってたみたいにどこかで仕事するんなら、ずーっと何か作ってるとこがいいなぁ」
「ああ、仕事な。俺もどうなるんだろうな、さっぱり判らん」
「でも、金村のアニキは頭いいし喧嘩も強いからいいじゃん。大丈夫、どこででも働けるよ」
「……そうだといいんだが」
圓東の手放しの保証に苦笑し、勇仁は肩をすくめた。
実際のところ、勇仁としては、『どこか』などという曖昧な場所で働くよりは、『若』の傍らでその手伝いをしていたいという希望が強いのだが、あの一匹狼に過ぎる『若』は、勇仁のそんな希望に顔をしかめ、要らん鬱陶しいと吐き捨てるだけだろう。
命を救われたから、その強さに惚れ込んだからというだけではない、お門違いの執着を勇仁は自覚していた。
それは、細かいことにはあまりこだわらない勇仁が、こればかりは手放せずに――忘れられずにいる執着だった。
果たされなかった約束を思うたび、意図してのことではなかったとは言え、結果的に裏切ってしまった相手の、諦めと憎悪と哀しみに揺れる目を思い出す。その目が、勇仁の深い部分に今も巣食っている。
みっともないと、あまりにも未練がましいと自覚しつつも、そこから離れることはどうしてもできない。
「でもさ」
ほんの少しぼんやりしていた勇仁は、圓東の声にふっと我に返った。
この騒々しい若者は、『若』とは違う意味で重要な、勇仁の心を和ませる存在だった。
勇仁は彼が、ひどく重い、哀しい過去を抱えていることを知っていたが、それを感じさせない明るさと屈託のない言動は、勇仁の暗い思考をあっさりと払拭してしまう。
喧嘩が弱くとも、勉強が苦手でも、圓東が持つそういう意味での強さをすごいことだと思う。
「どうした」
「アニキはまだ寝てるのかな。今度のは、あの化け物……ええと、異形だっけ、それにやられた所為じゃないよな?」
「傷は癒えているらしいからな。疲れでもたまってたんじゃねぇか」
「うーん、アニキにも疲れるなんてことがあるのかなぁ」
「ああ、それは確かに。若が疲れて寝込むなんざ、想像できねぇな。だとしたら、なんか他に理由があるのかもしれん」
「だろ? 前に寝込んだときはあれ怪我の所為だよな。なんか後遺症とか残ってたのかな。ハイルさんに頼んで早く治してもらえばいいのに」
「ふむ、どうだろうな、俺には専門外だ、何とも言えん。もちろん、疲れの所為じゃねぇとは言い切れんから、様子を観るしかねぇだろう。少なくとも俺たちが口を出すことじゃねぇな」
「うん、それは確かに。ってかおれ思うんだけど、アニキって絶対に太陽電池かなんかで動いてるんだぜ。もしくは光合成。でなきゃあんだけの飯であそこまで動ける理由にならないもんな。いつでもどこでもエネルギー補給OK〜みたいな感じで、」
「――太陽光を浴びれば確かに多少稼働率は上がるが、残念ながら細胞にクロロフィルは持ってない」
「っぎゃーっ!?」
他愛ない冗談を口にして笑っていた圓東の、顔と同じく少年めいた声に被さるようにして淡々とした言葉が響き、そのあまりの唐突さに圓東が悲鳴を上げた。
幽霊でも見たかのような悲鳴だった。
おまけに真っ青になっている。
余程驚いたのだろう。
あまり動じない勇仁もさすがに少し驚いて、声のした方向、すなわち部屋の入口付近を振り返る。――もちろん、わざわざ振り返るまでもなく、声を聴いただけでそれが誰なのかなど判っていたのだが。
「……若。もう身体は大丈夫なのか?」
いったいいつからいたのか、そこには、黒い衣装に身を包んだ漆黒の髪と眼の少年が腕組みをして佇んでいる。
とても十七歳とは思えない言動をするその人物、雪城飛鳥という名を持つ勇仁の『若』は、外見だけ見れば、どことなく少女めいた、線の細い印象の少年だった。
美少年などというカテゴリでくくれる顔立ちではないものの、小綺麗に整って瑕疵のないそれは、眼差しの持つ強さとあいまって、ひどく印象深いものだ。少なくとも勇仁は、一度目にすれば二度と忘れないだろうと思う。
勇仁の問いに飛鳥は軽く肩をすくめ、小さく頷いた。
「ああ、よく寝たからな。すっきりした」
「そうか、それはよかった」
「俺もそう思う。あまり嬉しい感覚でもなかったしな。で、今後の予定を何か聞いているか?」
「ん、ああ、若が目を覚まし次第、滞在用の住まいに移動してもらうとレヴィ陛下が言ってたぞ」
「そうか、準備出来たのか。どこなんだ? 城の近くに都合のいい建物があってよかったな」
「ああ、いや、城内だ」
「――――は?」
「レヴィ陛下がな、若があまり遠くに住むのは絶対に嫌なんだと。イースの話では、一度は城下町の一角に決まりかけていたらしいんだが、遠すぎるっつって却下されたらしい」
「嫌だってなんだそれは……」
「俺に言われても困る。ものすごい駄々のこねようだったらしいぞ」
「駄々……どんな二十四歳だ……」
「ああ、その点に関しては同意するにやぶさかじゃねぇな。まぁ、それで、妥協案として、城の一番静かな区画を改装して住居にしたらしい。観に行ってきたが、広くて静かでいい場所だった。なあ、圓東?」
額を押さえて何やら溜め息をついている飛鳥を尻目に、勇仁が声をかけると、まだ顔色の悪い圓東が何度も頷く。ちょっと逃げ腰なのは、今までの会話を聞かれた所為で飛鳥に何かされるのではないかと警戒しているためだろう。
「あ、う、うん、そう。ハイルさんが魔法でちょっとかたちを整えてくれたんだ、すごく住みやすそうだったよ。トイレも台所もあったから、あちこち行かなくてもいいみたいだし」
「……ちなみに住居はひとつ、三人一緒だそうだ。住居三つにすると、強度に問題が出るらしい」
「うわ、色気もクソもないな」
「個室はあるから大丈夫だよ、アニキ」
「まぁ、妥当な線だな。でなかったら自分から出て行くところだ」
「えー。いいじゃん、そのときは三人で川の字になって寝ようよー」
「二十歳を超えた男が語尾を伸ばすな、気色悪い。大体、何が哀しくて男三人で仲良く川の字を書かなきゃいけないんだ。非生産的にすぎるだろ」
「いいじゃん、仲良し度をアピールしようよ」
「光速で遠慮させてもらう。そんなに主張したきゃ、金村とふたりで立刀(りっとう)型にでもなって寝てろ。サイズ的にもちょうどいい」
「……ええと、リットウて何?」
「馬鹿に難しい単語を使った俺が馬鹿だった。いや実際にはそんな難しいもんでもないが。……じゃあ、カタカナの「リ」の字にでもなって寝ろ」
「えー、やだ、なんか寂しい」
「だったらひとりで寂しがれ、つきあってられん。……ふむ、まぁ、移動するか。ノーヴァとイースはその住まいとやらにいるんだな」
「ん、ああ、今最終的な調整をしているらしいぞ。若が目を覚まし次第来てくれと言っていた。そのあと、薪や水や貯蔵箱に必要な食料の類いを運び入れるらしい。しかし、ガスだの水道だのってのは本当に便利なものだったんだな。そういうものが何もない場所に来てみて初めて思い知った」
「それは確かにそうだな、先進国とやらがどれだけ便利な世の中だったかということだ。なら行くぞ、で、とっとと仕事の算段をしないとな。いつまでも無職では収まりが悪い、働かざるもの喰うべからずだ」
「そうだな、レヴィ陛下がいい職を見繕ってくれるよう祈る。――ああそうだ、若」
と、すでに歩き始めていた飛鳥を呼び止めると、漆黒の少年が不思議そうに勇仁を振り返った。その立居振舞だけで、彼の動きに隙がなく、またその身体が揺るぎなく鍛え上げられていることがよく判る。
その動作だけだと、やはり、とても十七歳とは思えない。
「なんだ」
「行く前に、これを見てやってくれ」
「――何をだ」
「圓東」
「あ、そっか。はいはいっ」
それでようやく思い出したらしく、圓東がガラステーブルの上から黒い木箱を取り上げ、飛鳥の元へ小走りに近づく。
その箱を無造作に差し出され、飛鳥が小さく首を傾げた。
反射的に受け取ってから、顔の高さまで掲げてあちこち引っ繰り返している。
「……なんだ、これ」
「えっと、アニキが寝てる間暇だったから作ったんだけど、携帯電話入れにどうかなーって」
「へえ。お前が作ったのか、これ全部」
「うん、そう。持ち運びも出来るよ」
「ん、ああ、この取っ手か。器用なんだな、お前。ちょっと見直した」
「うわっ、アニキに褒められたの初めてかも。まぁ、唯一の特技だからね。他にはなんにも出来ないから、おれ」
「唯一だろうが何だろうが、これだけのことが出来るなら誇っていい。むしろ思う存分胸を張れ」
「いやあの、恥ずかしいからそれはいいよ。でもありがと、なんか嬉しい」
小物入れを手にしたまま、きっぱりと飛鳥が言い切ると、圓東ははにかんだような笑みを浮かべた。
圓東の喜びにつられ、勇仁も思わず笑う。
この飛鳥という少年は、日頃の言動はひたすら強気でひとでなしで、しばしばノーヴァや圓東を容赦なくしばき倒し足蹴にしているが、かと思えば、無意識にひどく純粋なことを言う。
それは、言われた人間がはっとなり、そしてほんの少し幸せを感じてしまうような、魔法にも似た力を持つ言葉だった。
「じゃあ、ありがたくもらっておこうかな。他に貴重品が出来たらこれに入れることにしよう」
「うん、役に立ててくれ」
「そうさせてもらう。――ああそうだ、圓東」
珍しくはっきり笑った飛鳥が、にっこり笑ったまま木箱を勇仁に手渡し、圓東を手招きした。
「なになに? どうかした?」
先刻の警戒もどこへやら、満面の笑みとともに飛鳥へ近づく圓東。
飛鳥は黙って圓東を手招きしていたが、彼が自分の傍へ辿り着くや、
「……さっきなにやら面白いことを抜かしてたな」
晴れやかな笑顔はそのままに両方の拳を握り、中指の尖った部分を圓東のこめかみに押し当ててごりごりとねじった。
シュバルツヴィントの一撃を片手で受け止める怪力の持ち主に、皮膚の薄い感覚の鋭い部分を容赦なくねじられてはたまったものではないだろう。圓東は情けない悲鳴を上げ、逃げようともがいたが、それで逃がしてくれる飛鳥ではなかった。
張り付いたような笑顔のまま、無造作に拳を動かしている。そのたびに圓東の悲鳴が情けなく裏返った。
「いたたたたたっ、痛い痛い、いやあのっ……ちょ、待っ……!」
「で、誰が太陽光発電に葉緑素保持の光合成式奇怪生物だ? 誰が自家発電のひとり上手だ? ああ?」
「ぎゃーっ、痛い痛い痛い、穴開く穴開くっ! てゆーかそんなこと言ってないしーっ! たたた、助けて金村のアニキっ! マジで殺されるっ!!」
圓東は半べそだったが、飛鳥は大層楽しげだった。
若はああいう表情が何よりもよく似合う、と勇仁は胸中に思う。
圓東の悲鳴と助けを求める声を聞きつつ、手にした木箱を何気なくひょいと引っ繰り返した勇仁は、底に埃がついていることに気づいて指先でつまんだ。ふっと息を吹きかけて埃を飛ばし、飛鳥の様子から『折檻』が長引きそうだと判断してソファに腰かける。
それに気づいた圓東が、信じられないものを見る目をする。
「かかか金村のアニキ? な……なんでそんなのんびりくつろいじゃってんの? ホラ、なんてゆーか、その、見たら判るかも知れないけどさ、おれマジで死にそうなんだけど……」
「ん、いや、せっかく若が楽しそうだから、邪魔をしちゃ悪ぃかと」
「おや、気遣いをどうもありがとう。なら、もう少し張り切るかな?」
「それどう考えても気遣いじゃないしっ! ううっ、ツッコミがいないって辛いっ。あああ、ごめんなさいおれが悪かったですもう二度と言いませんから許してくださいっ!!」
涙声で愚痴った圓東がワンフレーズで懇願する。
飛鳥はそれでようやく圓東のこめかみを開放し、勇仁が、飛鳥の『折檻』が終わったのを見計らってソファから立ち上がると、開放された圓東は小動物めいた動きで勇仁の背後に隠れた。過激すぎるスキンシップを笑顔で敢行する飛鳥が十七歳に見えなければ、そのスキンシップに真剣に怯えている圓東も二十歳には見えない。
「さて、すっきりしたところで行くとするか」
いつも通りの無表情に戻った飛鳥が淡々と言い、部屋の入口に向かったので、勇仁は背後の圓東にはあまり頓着せず、飛鳥の背を追った。
「そうか、それはよかった。ノーヴァたちも待ちくたびれてるだろう、さっさと行こう。ああそうだ、そろそろ昼食の準備もしねぇとな」
客間を出て廊下に至り、隣に並んで歩き始めた勇仁が言うと、飛鳥は小さく頷いてから彼を見遣る。
「ああ。あんた料理できるのか?」
「軽くならな。なにせひとり住まいだ、多少のことは出来るようになる」
「なるほど」
「だが、圓東は俺の数倍上手だぞ。手先が器用だと何でも出来るんだな、羨ましい話だ」
「ほほう。なら、飯当番は圓東に決定だな」
「ええっ、いや、えーと、料理すんのも嫌いじゃないけど、おれの意志はソンチョーされないわけ? ってかこういう場合って順番とかじゃないの?」
「お前の意志の尊重より俺の都合だ、当然のことだろう。ちなみに言っておくが俺に料理なぞさせたら天変地異が起きるぞ? それはもう凄まじいまでの地獄絵図だ。血沸き肉踊るだろう?」
「えええっ!? 何で料理にそんなものすごい表現が……っ!?」
「それはすげぇな。そこまですげぇと、かえって気になる。若の料理をちょっと見てみたいような気もするが」
「ま、この世の終わりが来る頃なら一度くらい見せてやってもいい」
「そうか、それは楽しみだ」
「おれはそんなの観たくない……っていうか、え、何、アニキも金村のアニキもボケなの? 意識してボケてんの? いや、うん、金村のアニキは多分天然だろうと思うんだけど」
真顔で交わされる勇仁と飛鳥の淡々とした会話に、呻き声とともに圓東が弱々しく突っ込む。
勇仁は、胡散臭い笑みを浮かべた飛鳥が頑張れよツッコミ役、と無責任な励ましの言葉を口にするのを聞きながら、ボケだの天然だのとは一体何のことなのだろうなどと考えていた。
そんな他愛ない会話を交わしつつ、男三人肩を並べてくだんの住まいへと向かう。