城内をおよそ五分ばかり歩いた辺りで、今後の三人の住居となる部屋へ辿り着いた。
 飛鳥は城の最下層辺りを想定していたのだが、予想に反して最上階に近い南よりの部屋だった。
 一昨日に降り立った陣のある部屋が最上階だと考えると、恐らく最上階からふたつかみっつ階下だろう。マンションに換算して十階前後の位置だ。
 吹き抜けの廊下には風と緑の匂いが満ち、手を伸ばせば真っ青な空に触れられそうな気すらする手すりの向こう側に――眼下に広がる景色は最高に美しいが、これでは外へ出るのにいちいち面倒で仕方がない、というのが飛鳥の正直な感想だ。
 水や食料を運び込むのだって大変で仕方がない。
 しかし、上層区域というのは普通身分の高いものが住まう場所なのではなかろうか。ただの客人、じきに普通のリィンクローヴァ国民となる予定の人間にこんな場所を提供してどうする、と思う。
 思うが、国王陛下の駄々というのはどうやら絶大な力を持つものらしい。二十四歳の男が盛大に駄々をこねる場面を想像するだけで力が抜けるが。
 その辺りのツッコミの諸々を置いておくにしても、王都をはるかに見渡せるこの景色は悪くなく、手すりから身を乗り出すようにして風景に見入っていた飛鳥だったが、
「我がき……っもとい、アスカ! おはようございます、もう身体は大丈夫なんですか?」
 明るい声がして『住居』へ目をやると、中の掃除でもしていたのか、箒(ほうき)だの雑巾(推定)だのを手にしたコバルトブルーの目の青年が、ちょうど簡素だが頑丈で立派な扉から出てきたところだった。
「ん、ああ、まぁな。よく寝たからさっぱりした」
「そうですか、よかった!」
 今尻尾があったら間違いなくものすごい勢いで振ってただろうお前と突っ込みたくなるような、喜び全開の笑顔でノートヴェンディヒカイトが走り寄ってくる。身長のことを除けば、とても飛鳥より五つも年上とは思えない。
 もっとも、それを言うと駄々こねまくりの国王陛下なぞ七つも年上なのだが。
 飛鳥は、ノーヴァの様子から主人の元へ全力で馳せ参じる従順なゴールデン・レトリバーを想像して軽く額を押さえた。ゴールデン・レトリバーは確かに陽気で人懐こくて大層可愛らしい犬だと思うが、それを人間に当てはめるとなると、表現がぴったりすぎて笑うに笑えない。
 ノーヴァの背後、開きっ放しの扉の内部では、書類を手にしたイスフェニアがあちこちをチェックしてまわっている。設備や物品の最終確認といったところだろうか。
 『住居』の確認に行こうと歩き出すと、ノーヴァがその隣に並んだ。背後に眷族ふたりが続く。
「早速なんですが、アスカ、これから奥の貯蔵庫の方に、食料品や飲料水を運び込もうと思いますので、その他必要な品物があったら言ってください」
「そうか、大変そうだ、手伝おう。今後も一階から水だ食いものだを運び込むのはなかなか骨が折れそうだな」
 もっとも、その程度なら飛鳥の体力及び膂力には辛いことでもなく、彼としては一般的なことを何気なく口にしただけだったのだが、
「ああ……大丈夫ですよ、アインマールは上下水道が整っているので、王城にも各階に採水場がありますから。食料品に関しては、申請していただけば我々がお届けに上がります」
 やはり何気なくそう返され、顔をしかめて隣の青年を見上げた。
「……なんなんだ、その至れり尽せりぶり。そんなんじゃ普通のリィンクローヴァ国民になれないだろ。採水場が近くにあるのは助かるが、それ以外のことが自分たちで出来ないでどうする」
「と言われましても。あのアスカ、どうもあなたと我々の認識は非常にずれているような気がして仕方ないんですが、レヴィ陛下ご本人がそれと望まれたご友人と言ったら王族と同等の貴い存在ですよ? その貴い方に、なんで『今日から一般市民だから何もかも自分でやれ』なんて無礼が出来ますか?」
「俺としてはそうしてほしいんだが」
「レヴィ陛下がお許しになりませんよ。というか、そんなこと御前(ごぜん)で口にしたらまた派手に駄々をこねられます」
「……無視しろ、そんなわがまま」
「無理です。俺は陛下がゲミュートリヒに来られる度にお仕えしてますが、彼は基本的に身勝手なことを仰らない、賢明で臣下思いの方なので、ごくごくたまにわがままを口にされると、臣下一同どうしても叶えて差し上げたくなるんですよ」
「まぁ、それは何となく判るが。俺の意志とかその辺りはどうなる?」
「すみません、俺は魂のひとかけらまであなたのしもべですが、どうぞ陛下のそのお願いに関してだけは見逃してください。それに正直な話、十大公家の若君や姫君がおられるアインマールで、レヴィ陛下のわがままをあくまで突っぱねるのは自殺行為に近いんです。貴族の若い方々は皆、レヴィ陛下を心の底から愛しておられますから」
「……どこの熱狂的ファンクラブだ……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
 なんだか色々なものがどうでもよくなって、飛鳥は小さく溜め息をつく。
 彼はレーヴェリヒトに負担をかけたくなくて少し離れようと思ったのだが、当の本人が飛鳥を遠くに住まわせるのは嫌だなどと抜かすなら、これはこれで仕方がないような気もする。
 しかし、二十四歳といういい年こいた大人のわがままをよってたかって叶えようとするのだから、リィンクローヴァの王城というのは恐ろしいところだ。――それだけ、普段のレーヴェリヒトが国のために尽くしているということなのかもしれないが。
「おはようございます、アスカ」
 住居内に踏み込むと、書類を手にしたイスフェニアが表情少なく一礼する。ノーヴァと違って驚くほど物を言わないこの男は、どうやらそういう性分らしく、必要最低限の挨拶や返事や報告以外の、『喋る』という仕事の大半をノーヴァに任せている風情があった。口下手なのだろう。
 しかし彼が悪い人間でないことは、ぽつりぽつりと会話を交わすときの琥珀色の目が、ひどく優しく穏やかな光を宿しているのを見れば判る。子どもや動物に好かれる類いだ。
「ん、ああ、おはよう。今日からここが俺たちの住処ということか。手続きだの準備だの、面倒をかけたな、ありがとう」
「いえ、そのように過分なお言葉をいただくほどのことは、」
「そうですよアスカ! 俺たちはあなたのしもべなんですから、このくらい当然というか普通です普通。むしろもっと面倒をかけてもらってもいいっていうかむしろ更にきついのをかけられたいみたいな」
 雨垂れのようにぽつぽつとしたイスフェニアの言葉に被せるように、イスフェニアの背に圧し掛かるようにして、肩越しに顔を出したノーヴァが微妙に不穏当な発言をする。
「お前……何で迷惑とか面倒とかをそんなに喜ぶんだ。もしかしてMか何かなのか……?」
「えむ? なんですか、それ?」
「……いじめられたり痛い目に遭わされたりすると嬉しくなる変態のことだ」
「やだなぁアスカ、俺がそんな変人なわけないじゃないですか、進んで痛い目になんか遭いたくありませんし。俺は至って真面目でまともですよ? ――もちろん、アスカにお仕置きされるのはさほど嫌じゃないですけどっ」
「……」
 それを変態と言うんだと突っ込むのも嫌になり、飛鳥はこれ以上こいつが変態発言をするなら斬って捨てた方がいいのかなどと真剣に憂慮しつつもイスフェニアが差し出した書類の紙束に目を落とした。書類には部屋の間取りが図で描かれ、空間の中に設備や物品の置き場などが書き込んである。
 幸いにも、書類は飛鳥が読めるようになったばかりの表音文字の方で、彼は少し時間をかけながらも、部屋のどこで何をするのか、どこに何があるのかを記憶していった。
「……しかしまぁ、広いな。三人でこの広さは犯罪じゃないか?」
 見取り図と実物とを交互に見遣り、実際にそこへ足を運びながら飛鳥が言うとおり、部屋は大層広かった。日本の平均的な一戸建てがふたつか三つばかり入りそうだ。
「そうですか? まぁ、確かに、一般市民の住まいの三倍くらいありますけど、国王陛下のご友人のお住まいとしては狭すぎるくらいだと思いますよ」
 ノーヴァの言葉に、貯蔵庫を覗いていた飛鳥は小さな溜め息をついた。ある種のカルチャーショックと言うべきかも知れない。
「一般市民級のサイズでよかったんだがな。こんな広い住まい、誰が掃除をするんだ。いやまぁ間違いなく圓東だが」
「えええっ、おれっ!? もう決定なの、それ!?」
「適材適所というだろう。ああ、綺麗好きなら金村に任せてもいいが」
「ん、ああ、別に構わねぇぞ。掃除は好きだ」
「……金村のアニキが掃除してるとこって、ものすごいシカク的暴力だよね。あんまり暴力的過ぎて、他の組員たちが怖がってたことがあったもんなぁ」
「そうか? ――確かに、一度事務所の大掃除を徹底的にやって以来、皆こまめに掃除するようになったな」
「うん、だって金村のアニキに掃除させるとなかなか終わんないし、真顔過ぎてそれを見てる下っ端組員はめちゃくちゃ怖がるし」
「……なんか、愉快そうな組事務所だな」
 飛鳥は呆れ声とともに言ってから再度見取り図に目をやった。
 ハイリヒトゥームが魔法で部屋の造りを整えたという言葉は、同じ階層内のはずなのに内部に階段がある辺りからもうかがえる。どうやら、二階が各自の寝室となるらしい。
 一階は全体的に吹き抜け式で、区切りは多少あるものの部屋の端から端までが見渡せる。さすがに、賄い場や手洗いの類いをあっけらかんと拭き抜け式で見せるのは躊躇われたのだろう、それらはちょっとした壁で覆われたり、扉で隔てられたりしている。
 部屋のかたちとしては横長で、扉から入って右手の一番奥に二階へ続く階段があり、そのすぐ横にソファとテーブルと大きな本棚がある。
 左手の奥には賄い場があり、その更に奥からは壁で隔てられた貯蔵庫へ入ることが出来るらしい。貯蔵庫だけで三人くらいが普通に暮らせそうだ。いったいここに何を詰め込めというのだろうか。
 賄い場の右隣には小さな扉があって、ここを抜けると洗面所及び手洗いへと続くようだ。上下水道が発達しているお陰で、排泄物の片付けをする必要はなさそうだった。その辺りは素直にありがたい。
 扉を入ってすぐの左横には、酒だのティーセットだのが詰め込まれた大きなキャビネットがふたつ設置され、ここにもまた座り心地のよさそうなソファとテーブルのセットが置いてある。そのすぐ横に大きな窓があって、外の絵画のような景色が一望できるのを飛鳥は気に入った。
「こうやって好きなだけ風景が眺められるのは嬉しいな」
「ああ、それはレヴィ陛下が仰ってました。アスカはここの景色が気に入ったみたいだから、城下の様子が綺麗に見える部屋を選んでやれって」
「そうか。それは……あとで礼を言わないと」
 部屋は基本的に石造りで、床にはすべすべでひんやりとした大理石状のタイルが敷き詰められているのだが、階段の手前、扉から入ってすぐの右横には、ニスかワックスでつやを出した木のタイルが敷き詰めてあった。フローリングというヤツだ。
 二階はというと、寝室としてあつらえられた部屋が三つと、物置と思しき殺風景な部屋がひとつあった。物置の方は寝室ふたつ分ほどの広さがあり、何でも詰め込めそうだが、私物の類いをほとんど持たない三人にこの部屋が必要なのかどうかは疑問なところだ。
 寝室はひとつの部屋だけで十畳以上あり、ここも吹き抜け式で寝るための部屋にしては少々解放的過ぎるような気もしたが、ゲミュートリヒ領主宅の寝室も大概広くて開放的だったので、これはそういう文化というより土地柄なのだろう。
 どの部屋にも大きな窓があり、爽やかな風と緑の匂いと光の温度と鳥の鳴き声が流れ込んでくる。
「寝室の方は、他に必要なものがあれば用意しますので言ってください。ベッドの奥の……そっち側に衣装入れの小部屋があります。あ、そうそう、アスカの部屋にはゲミュートリヒ市領主様から贈られた家具が入ってますから。レッヒェルン玉樹の家具は使いやすくて長持ちするって有名な超高級品なんで、アスカも気に入ると思いますよ」
「……そうか。なら、ありがたく使わせてもらうとするか」
「それと、強度的な問題で、申し訳ないんですけど風呂だけは設置できなかったんですよ。なので、レヴィ陛下や王城に滞在されるお客人がお使いになる大浴場を使っていただくことになりました。またご案内しますね」
「大浴場か、それはそれで楽しそうだよね、アニキ」
「ああ、そうだな。ふむ、部屋のことは大体判った。イース、次はどうすればいい」
「では、食物と水を」
 問うと、書類を手にしたイスフェニアは言葉少なに答えた。
 毎度のことながら、驚くほど口数の少ない男だ。
「ああ、それが残ってたな。ならさっさと運び込むとしようか。そういえば、氷室はついてるのか? 湿度は低いようだから、あっという間に食料品が腐るということはなさそうだが」
「は、氷水晶を使った冷蔵設備が中に」
「何だその氷水晶ってのは」
 イスフェニアがあまり物を言わない分お喋りになったわけではなさそうだが、飛鳥の問いに、上司兼親友の代わりにノーヴァが答える。
「そこに置いておくだけで冷気を発する水晶です。そのまんまの名称ですが、自然界に存在する鉱石のひとつですよ。アスカの故郷にはそういう物はないんでしたっけ?」
「生ものを冷やしておく道具はあったが、氷水晶とかいうけったいな鉱石は知らん。だが……そんなものが自然下に存在するのか。便利でいいな」
「便利ですよ、夏場枕元においておけば寝苦しくて起きることもありませんし、魔導師がいないときにも冷たいお茶がいただけますから。まぁ、基本的に長期保存可能なものばかりを入れるところですからね、貯蔵庫は。氷水晶がなくても、何とかなることはなるんですが」
「なるほど。氷水晶というのは一般的に使われているものなのか?」
「そうですね、大きさにもよりますけど、産出量が多いので一般人に手の届かないものではありません。よほど恵まれない奴隷以外は、果物や肉を冷やしておけるくらいの物は大抵持ってると思いますよ」
「……そういうものか」
 などと話しつつ、無口なイスフェニアに促されるままに今度は食料品と水の運び込み作業へと向かう。ノーヴァは自分たちでやると主張するのだが、自分で出来ることは自分で、をモットーにしている飛鳥が、それで首を縦に振るはずもない。
 飛鳥たちのために、と、一階の倉庫から運び出されて積み上げられた保存用食料品の数々、小麦やそれを粉にしたものや香辛料や色々な種類の芋、干した肉や魚や果物、乾燥ハーブの山や調味料、酒や茶葉や蜂蜜などを小分けにして持って上がる。
 何か月分あるのだろうか、軽トラックを転がしてきたくなるような量の食物を、飛鳥たちが何回かに分けて黙々と運んでいる時だった。
「あ、そうだ」
 一階と十階の往復に、そろそろバテて来ている圓東を気遣いながら階段を上がっていたノーヴァが不意に声を上げ、飛鳥は小麦粉の大袋をふたつばかり担いだままで首をかしげた。
 小麦粉はひとつの袋に十キロほど入っているようだが、飛鳥は自分の体重以上の物を軽々と投げ飛ばす程度には非常識な腕力をしているので、それほど辛いとは思わない。
 飛鳥は、大理石状のタイルで舗装された階段を昇りながら、階段を昇るだけでいっぱいいっぱいといった風情の圓東から、自分も大きな袋を抱えているくせに香辛料の入った大きな箱を受け取り、それを担いでいたノーヴァへと目を向けた。
「どうした」
「はい、言い忘れてたんですが」
「ああ」
「レヴィ陛下が、アスカたちに今日の夜会に出席してもらうから心積もりをしておくようにと仰ってました」
「……あ?」
「アスカのことをお披露目したいんだそうですよ」
「俺は見世物か」
「いえあの、俺を睨まれてもっ。っていうかなんで見世物なんて考え方になるんですか」
「貴族だの上流階級だの言われる連中は好かんし、あいつらのモノの考え方は一般人を見下しすぎててむかつく」
「……あの、一応イースも貴族ですよ」
「……イースはいいんだ、全然らしくないから。なあ?」
「御意」
「え、そこで頷いちゃっていいの、イースのアニキ。なんか今の、全然フォローになってないような気がするんだけど」
「気の所為だ、キョウスケ」
「いやうん、本人がそれでいいならおれは構わないけどさぁ」
 あくまで淡々としたイスフェニアに、ツッコミを放棄したらしい圓東がつぶやく。なんとも金村と似た男だ。
 飛鳥としては夜会などどうでもよかったし見世物にもなりたくはなかったが、リィンクローヴァのまつりごとを司る面々の顔を見てみたいという興味は否定できなかった。それに、レーヴェリヒトが皆に彼を紹介するというのなら、そこに飛鳥がいなければ国王陛下の面目を潰すことにもなるだろう。
 だから飛鳥は、小さく溜め息をついて頷いた。
 もちろん、釘を刺すのも忘れずに。
「……俺に礼儀だの作法だのを期待するなよ」
「あ、おれも期待しないでね」
「お前に関しては最初から期待しようとすら思ってないだろ」
「ううっ、事実だけどなんかひどいっ」
「金村はどうなんだ?」
「剣道の礼儀作法でよければ」
「微妙だな。……ということで、三人とも期待するな」
「あー、はい、了解しました。そのように伝えておきます。夜会は夜の八時からなので、それまでに準備を済ませておいてくださいね」
 彼の言葉が終わるか終わらないかの辺りで十階へ到着する。住まいが階段のすぐ傍にあるのは幸運と言うべきかも知れない。
 徐々に物の増えてきた貯蔵庫へ、小麦粉や香辛料を無造作に放り込む。
 金村もイスフェニアも、もう五六回は往復しているにもかかわらず、特に辛そうな顔も見せず大きな荷物を運んでいるが、圓東の分の荷物まで担いで平気な顔をしているノーヴァもかなり非常識だと思う。
「ま、ひとまずこの荷物運びを終えてからだな。張り切れ圓東、夜会というからには多分美味い飯が出るぞ」
「美味い飯……が、頑張るっ……けど、もうそろそろ限界かも、おれ……」
「まったく、ひ弱なヤツだな」
「違うって! 俺がひ弱なんじゃなくて、アニキたちがすごすぎるだけだって、絶対! おれは普通だよ!」
「自分の軟弱さを人の所為にするな。さあ、もう一度行くぞ」
「ち、ちょっとくらい休憩しようよ、おれもう疲れたっ」
「ほら見ろ、ひ弱じゃないか。金村たちを見てみろ、疲れたなんて一言も言わないぞ?」
「だ、だから……」
「問答無用。行くぞ」
「うう……」
 飛鳥の無慈悲かつ非情な物言いに、ひとりだけ滝のように汗をかいていた圓東ががっくり肩を落としたのは言うまでもない。