そこへ、何を勘違いしたのか、オリーブの目の巨漢が厭味たっぷりに――言葉だけは丁寧に――声をかけてくる。外見のわりには甲高い、耳に心地よいとは言い難い声だ。
「加護持ち殿を責めて差し上げるな、ベネト。加護持ち殿は魔法もないような田舎からお出でになったと聞く、アインマールの、そしてこの夜会の美しさ豪奢さに心奪われておいでなのだろう」
「おお、そうでございましたな。わたくしの配慮が足りませんでした。しかしさすがは大公様、お心が広くていらっしゃる」
「これ、そのように褒めるでないわ、こそばゆくて困る」
「いえいえ、やはり大公様は違いますな」
「まったくその通りです。血筋の正しい方は、お心も正しくあられるのでしょう。わたくしもかくありたいものですな」
「これ、やめぬか、お客人の前で」
ベネトの他の、取り巻きと言うより金魚の糞のような雑多な貴族連中が口々に褒めそやす。
それは、聞いている飛鳥の歯の奥がむず痒くなるような、あまりにお約束に過ぎる見え見えの世辞だったが、巨漢はやめろと言いつつひどく嬉しそうに、優越感に満ちた目で取り巻き連中を見下ろしていた。
本人たちが真面目だろうが本気だろうが、傍から見れば茶番としか言いようのない、喜劇紛いの滑稽極まりないやりとりを、飛鳥は黙って――これがコメディとして上演されている演劇か何かなら面白いのに、などと思いつつ――観ていたが、
「……ねえ、アニキ」
大皿を抱えたまま、微妙すぎる表情をした圓東が、
「この人たちって、もしかして馬、」
ものすごく真実に近いことを素晴らしく直球で口にしようとしたので、生温い憐れみの表情とともに人差し指を唇の前で立てて見せ、それから小さく首を横に振った。
啓示云々の真偽を目の前で確認したようなかたちだった。
「言うな、虚しいだけだ」
大公と呼ばれているということは、つまりリィンクローヴァで十本の指に入る大貴族ということに他ならないが、リーノエンヴェやゲミュートリヒ市領主夫妻、グローエンデの、地位の高さよりも己が責務を尊ぶ姿に慣れていた飛鳥には、幻滅と滑稽以外のなにものでもなかった。
しかし、飛鳥と圓東のやりとりにも、飛鳥の幻滅にもまったく気づいていないらしい彼らは、茶番を終えると、飛鳥たちに向き直った。
その尊大な表情を見ていると小突き回したくなるが、初顔合わせでそれではレーヴェリヒトの面目が立たないことに思い至り、ぐっと我慢する。ぐっと我慢しなければいけない辺りで、色々人間として不味いような気もするが、性分だから仕方ないとむしろ肯定してしまう。
「改めてご紹介いたしましょう、こちらは十大公家のひとつ、シャーベフルツ家のご当主であらせられます、ジオールダ・カーフ様でございます。財務大臣を務めておいでです」
「どうぞよしなにな、加護持ち殿。地位や生まれはどうあれ、国王陛下の覚えがめでたく、グローエンデ殿までが貴殿を買っておられるとなれば、我々としても無碍にすることは出来ぬのでな。――――しかし、国王陛下も、あれで御髪(おぐし)が黒で、血の貴さをもう少し自覚してくだされば言うことはないのだが、まぁ、仕方あるまい」
自分の半分も生きていないような子どもを相手に大人げないとは思わないのか、いちいち棘のある、口調だけは慇懃な言い方でジオールダとやらが会釈する。彼がちょっと動くだけで、身体中の肉がぶるぶると揺れ、その滑稽さを助長した。
レーヴェリヒトの髪の色に関する言葉には興味を惹かれたが、この男にそれを問う気にはなれない。王らしくない気質は飛鳥にとっては心地のよいものだが、そうとは感じぬ輩もいるということだろう。
それよりも、飛鳥は同じような会釈でそれに応えつつ、
「……シャーベフルツ? の、長?」
ついつい問い返さずにはいられなかった。
「いかにも私はシャーベフルツ家の当主だ。我が一族をご存知か?」
「いや、ああ、うん……」
思わず吹き出しそうになって、さすがに不味いと口元を覆う。
「アニキ、どうしたの?」
訝しげな圓東へ、
「シャーベフルツ。ドイツ語で、『ゴキブリの屁』だ」
日本語で教えてやる。
圓東や金村は意思疎通の魔法のお陰で話す言葉のすべてが異界語になってしまうが、飛鳥は自力で異界語を喋っているので、この世界の人々に聴かれたくないことを話そうと思ったら普通に日本語が使えて便利でいい。
飛鳥の言葉に圓東は目を丸くし、そして、
「ぶっ」
と、吹き出した。
ジオールダを始めとした面々は、繰り広げられる異界の言葉に眉をひそめ、または目を丸くしながらふたりを交互に見ている。
「笑ってやるなよ、大公閣下に失礼だろ」
飛鳥はたしなめたが、声はしっかり笑っている。
たった今その共通がイコール人やものの真実と思い至ったばかりの飛鳥に、ゴキブリの屁などという家名は高インパクトに過ぎた。これでは、無益どころか害なす存在だから信頼するなと言っているようなものだ。
「いや、うん、判るけど。でもすっごい偉い貴族の人なのに、名字がそれって……ッ」
「ああ、お前の気持ちも判る、あとで部屋に戻ったら思う存分思い出して笑え。ここでの爆笑は禁止だ」
「だ、だったら今教えないでよ……っあー、く、苦しい……」
必死で笑いをこらえる圓東を、頑張れよなどと無責任に応援していると、わざとらしい咳払いの音がして、それでようやく飛鳥は今自分が相手にしている存在のことを思い出した。
「ああ、すまないゴキ……もとい、シャーベフルツ卿。それで、何の話をしていたかな?」
「いや……大したことではない、お気になさるな。それより、そちらの眷族殿はどうされた、身体の調子でもおかしいのか。震えておるようだが?」
「ん、ああ、心配いらない、持病のひきつけだ」
「ひきつけとは乳幼児が起こすものとばかり思っていたが……」
「そうだ、身体は大きいが、中身はいつまで経っても子どもなものでな」
「ってかアニキ、おれ別にそんな病気じゃな……っい、いたたたたッ! ちょっ……待ッ、何踏んでんの、痛いってっ」
「うるさいちょっと静かにしろ、まったく恥ずかしい」
抗議の声を上げようとした圓東の足を、あまりにも理不尽で非情な断じ方とともに思い切り踏みつけ、黙らせると、飛鳥はくだんの大公を恐れ気もなく見上げた。その一瞬あとで足を解放された圓東は、涙目でぶつぶつと何やら呟いている。
「それで、大公閣下はなんの用事でここへ? 国王陛下を探しているならあっちだぞ、軍族の面々と話し込んでるはずだ」
敬意も何もない、砕けた口調にジオールダと取り巻きたちが鼻白むのが判ったが、家名を知ってしまったあとでは、敬語を使う必要性も感じられず訂正する気にもなれなかった。
もしジオールダが怒り出したら、それを理由に夜会から逃げられるとちょっと期待した飛鳥だったが、巨漢はどうにか気を取り直したらしかった。大袈裟な深呼吸をひとつして、張り付いたような笑みを浮かべる。
気色悪い、というのが飛鳥の非情にして正直な感想だった。
「なに、国王陛下にはあとでご挨拶申し上げようと思っておるのでな。先に加護持ち殿に一声と思うて参じたまで。田舎から出てきたばかりの加護持ち殿には判らぬことも多いであろう、遠慮なく尋ねてくれるがよいぞ」
「そりゃご親切に、どうも。なら、そうさせてもらう」
やはり正直すぎるほど棘のある言葉に、飛鳥は肩をすくめてさらっと返した。もともと頼るつもりもないが、そこで単純に反発しても面白味がない。
爆発するべきところとすべきではないところを彼はわきまえていた。
――面白いか面白くないかという一点において。
だから飛鳥は、漆黒の双眸でジオールダ一行を一瞥し、どうやら怯んだらしい彼らが無意識に一歩後退したのを見計らって、
「話はそれで終わりか? そろそろ帰ろうと思うんだが、お暇してもいいかな?」
淡々とそう言った。
気後れしたことを恥じるように、肉厚の胸を無意味に張って、ああ、と頷いたジオールダが、次に恐ろしく邪悪な笑みを浮かべる。あからさまに何か企んでいる顔だが、本人は気づいていないのだろう。
「おお、そうだ、少々待たれよ。お近づきのしるしに菓子を差し上げよう。我がシャーベフルツ市の名産品でな、それはそれは美味なのだ。挨拶代わりにと思うて受けてくれぬか」
「……ふむ、まぁ、構わんが」
「え、アニキ大丈夫なの?」
「多少は問題ない」
「それはよかった。これベネト、あれを持て」
「かしこまりました。そうですね、あれは本当に美味しいものですよ。加護持ち殿は幸せ者です」
言われたベネトがジオールダに優るとも劣らぬ、邪悪な――何かを企むもののする笑みを浮かべた。慇懃に頷くと一礼し、その場を辞す。
数分ばかり経って戻ってきたベネトは、手に一枚の白い皿を持っていた。
その上には、細長い苺を髣髴とさせる何かが載っていた。苺の三分の一くらいの幅で、ヘタは苺よりももう少し太く、分厚い。蛍光色を思わせる、鮮やかな赤とオレンジとピンク色の三色があり、やたらとカラフルだ。
何かの果実を乾燥させてあるものらしく、ベネトが皿を揺らすとカラカラ、サラサラと軽い音がする。表面には、芥子の実のような粒々が、まさしく苺のように張りついていた。
「ヒッツェと呼ばれる、シャーベフルツ市の名産品でございます。市民階級にはなかなか口に出来ない高級品ですぞ、どうぞ召し上がれ」
「……『ヒッツェ』? ふぅん……」
ベネトの言葉に小さく呟き、飛鳥は三十ばかりあるそれの中から、オレンジ色のものをひとつつまんだ。
それは軽く、水分もなければ匂いもなかった。
判りやすいほど意地の悪い笑みを浮かべたジオールダが、
「さあさあ、遠慮なく。一口でぱくりとやるのが正しい食べ方だ。まさか私の市の菓子を食えぬなどとは言うまいな?」
そう言って催促する。
ここで断れば、客人に無礼を働かれた、などと、大声であらぬことを吹聴して回るつもりかもしれない。
それはそれで面白そうだったが、ヒッツェとかいう菓子に興味がないと言えば嘘になるのも確かで、飛鳥はしばらくそのつやつやとしたオレンジ色の物体を見つめていた。
その一瞬あとに、ひょいと口の中へ放り込む。
ぱりっ、とそれを噛み砕いた瞬間、いい歯応えだと思うよりも早く、口腔で炎が弾けたような感覚があって、飛鳥は思わず目を丸くした。ものすごい熱量が、口の中で踊り狂っているような感覚だ。
飛鳥が目を丸くし、固まっているのを見遣って、にんまりとジオールダが笑い、その取り巻きたちがくすくすと悪意ある笑い声を響かせる。
「どうだ、加護持ち殿。美味であろう?」
「羨ましいですよ、こんな美味しいものを食べられるのですから」
「お相伴に預かりたいものですなぁ」
なるほど。
と、飛鳥は胸中に苦笑する。
「アニキどしたの、美味しくなかったの? おれも一個もらってもいい?」
「結構ですよ、眷族殿。遠慮なさらず」
「ありがとう、ベネトさん。じゃあ、いただきます」
雰囲気を読んでいない風情の圓東が、傍にあったテーブルに大皿を置き、よせばいいのにヒッツェを手に取る。
ちなみに、これが何なのかを説明して止めてやらなかったのは『面白そうだから』という、飛鳥の、鬼の所業のごとき都合によるものだ。
ヒッツェを口に放り込んだ圓東の顔が、ぱりっという音がすると同時にみるみる歪む。白皙というわけではないが、黄色人種の、顔色の判りやすい肌だけに、その顔が瞬時に赤黒くなったのが面白いほどよく判った。
「か……」
「ん、どうなされた、眷族殿?」
「か、かか、」
「うむ、か、がどうした」
意地悪く目を細めたジオールダが問う。
一瞬の間のあと、圓東は喉をかきむしるような仕草をして、
「かかか、からっ、辛い――ッッ!! ぎゃーっ、何これ、辛いっていうか痛い! たたた助けてッ、死ぬ死ぬ、あーもう、水――ッ!!」
悲鳴とともにテーブルへ飛んでいき、水や葡萄酒や果物を次々と口にしてはその熱を収めようとしている様子だった。が、なかなか痛みがなくならないらしく、半泣きになっている。
「そりゃまぁそうだろ、唐辛子だしな」
飛鳥はまったく動じず、他人事のように呟いて、ベネトが手にしたままの皿の上へ目をやった。
あのヒッツェ、細長い苺のような可愛らしいかたちをした名産品とやらは、形状こそ違うものの明らかに唐辛子、すなわちナス科の一年草の一種だったのだ。唐辛子とは果皮・種子に刺激性の辛味を有するものだから、ああやって丸ごと食べたのではひとたまりもあるまい。
しかもこのヒッツェ、辛さで言えば日本のものなど勝負にもならぬほどで、一昔前ハバネロとかジョロキアとかいう世界一辛い唐辛子が話題になっていたが、あれに優るとも劣らぬ凄まじい代物だった。
つまりは、本来このまま食べるべき食物ではないということだ。こんなものを気軽に食べていたら病気になる。
子どもじみた、しかし適当な嫌がらせだ。
ここで取り乱し、派手にみっともないところを見せれば、貴族たちの心象は悪くなるだろうし、レーヴェリヒトの立場だって悪くなる。そうなれば、彼らに付け入る隙を与えることにもなっただろう。
もちろん、おとなげないとも思うが。
「……加護持ち殿は、平気なのですか?」
しかし、彼らの思惑通りには行かず、まったく他人事のように、ぴーぴー泣きながら氷を口に含んでいる圓東を観察していた飛鳥へ、皿を手にしたままのベネトが恐る恐る声をかけてくる。
飛鳥は珍しいほどはっきりと……そして、ジオールダたちが顔を引き攣らせて一歩後退するほど凶悪に笑ってみせた。
「生憎、辛い物は嫌いじゃない」
言って、ベネトの手からヒッツェをもうひとつ取り、口に放り込む。
さくり、ぱりりという音のあと、嵐のように訪れる感覚が楽しい。
カプサイシンの効力云々は知らないが、そもそも植物性でカロリーが少ないのと、爆発的な燃焼力でもって肉体にカロリーを残さないこれは、飛鳥にとって都合のいいスナック菓子のようなものと言っていい。
普通の人間がこんなものをもりもり食べたら身体を壊すか疣痔になるかだが、飛鳥にとっては刺激的な楽しいおやつに過ぎない。
――――そう、飛鳥の味覚は、唐辛子の味を辛さ、熱さ、痛みとして認識していなかった。彼の舌は、辛味を辛味として理解していなかった。
否、認識できなかったといって間違いない。
彼は、味覚すらも規格外だった。
――無論、彼の在り方においては、仕方のないことではあるのだが。
「そう……ですか。へえ……」
やたらと残念そうなベネトを尻目に、もうふたつばかりヒッツェを口にしていた飛鳥は、いいことを思いついたとでも言わんばかりににっこりと笑ってみせ、そしてヒッツェをいくつか手に取った。
「ああそうだ、こんな美味いものを俺だけが食っていては申し訳ないな。あまりの美味さにすっかりあんたたちのことを忘れていた、すまんすまん。大公閣下お薦めの菓子だ、食わないのは馬鹿のすることだ。そうだろう? さあ、あんたたちもひとつ食え。もちろん、大公閣下もな」
「え……ッ」
言った飛鳥が、手の平に載せた色鮮やかなヒッツェを差し出すと、大公を始めとした一行は顔を蒼白にし、また引き攣らせた。飛鳥はにっこりと凶悪に……ジオールダやベネトの数倍邪悪に、とても善良な一市民と主張しても信じてもらえないような表情で笑い、
「どうした? まさか、食えないなんて言わないよな? 客である俺たちに勧めてくれたものだ、勧めたあんたたちが食わない道理はない。ほら、そこのあんた、相伴に預かりたいと言っていただろう、慎ましやかなのも悪くはないが、ここで遠慮するのは野暮と言うものだ」
無責任な揶揄を口にした貴族の懐へ、逃げる間を与えずひょいと入り込み、その顎をむんずと掴んで口を開けさせると、指先で押し潰したヒッツェを放り込んだ。ついでに硬直している彼の鼻をつまみ、ヒッツェを飲み込まないことには呼吸が出来ないようにしてやる。
息を詰めた貴族は、しばらくの間必死でそれを吐き出そうとしていたが、飛鳥の膂力にしっかり押さえられていては逃げようがない。
やがて喉がごくりと動き、口の中のものを唾液とともに嚥下する音がした。
一瞬の沈黙が落ちる。
「ひっ、ひ、ひ――――――っっ!!」
――――衣を引き裂くような絶叫とはこのことを言うのだろう、甲高い、悲痛なといって過言ではない悲鳴を上げた男が、喉を押さえてすべすべした床を転がりまわる。
他の貴族たちが、何事かと眉をひそめて彼を見遣る。
「おや……そんなに美味かったのか。それは、よかった」
飛鳥は、涙と涎と鼻水を流して転げ回る、男のみっともない姿に、まるで蚊取り線香で燻されて死にかけた羽虫のようだ、まったくもってちっぽけでくだらない、などと人でなし極まりない感想を抱きつつ、かすかに小首をかしげて残りの貴族たちを見遣った。
蒼白になったジオールダたちがまた一歩後退し、ベネトが声を裏返らせて飛鳥を詰る。
「そ、そのような乱暴……ゆ、許されませぬぞ……!?」
「ん? おや、これは異なことを。俺は、あんたたちが妙なる味だといって勧めてくれた菓子を、俺ひとりが食っていては申し訳ないからお裾分けしただけだ。そうだろう? まさか、国王陛下の大切な客人に害なそうと思ってこれを勧めてくれたわけではあるまい?」
「そ、それは、その……」
「違うのならば、さあ、遠慮なく食ってくれ。それとも、この場で、大公閣下とその取り巻きたちに無体な仕打ちを受けたと大声で触れ回ろうか? 国王陛下は、どちらの言い分を信じるだろうな?」
己の立場を正しく理解し、また打算的に利用した飛鳥の言に、ジオールダたちが悲痛な表情で黙り込み、互いに顔を見合わせる。
飛鳥は再度凶悪に笑い、手の中のヒッツェを彼らに差し出した。
鮮やかでつやつやとした果皮が、ランプの光を受けて美しく輝いている。
こんなに可愛らしいものが、あの炎のような衝撃をもたらすのだから、かたちなどというものは何の判断基準にもならない。
「さあ、食ってくれ。心配しなくても死にはしない。まぁ、多分。……何にせよ、ここで波風を立てて、己の立場を危うくしたくないのなら、――――諦めて、食え」
殺意すらこもった邪悪な笑みを向け、低い、ドスの利いた声で言うと、貴族たちがぶん殴られたかのように飛び上がった。基本的に命令する側である彼らだ、自分が言われることには慣れていないのだろう。
ジオールダまでが、怯えの見える目でこちらを伺っていた。
飛鳥が笑みを含んだままで黙っていると、観念したのか、貴族たちが呻き声とともにひとりまたひとりとヒッツェをつまんでゆく。
ちなみに、最後から二番目にヒッツェを手にしたのがベネト、最後がジオールダだ。なんだかすでに涙目である。
自分たちの半分も生きていないような人間にここまでやり込められているのだから、企むことには慣れていても企まれることに無防備な連中の、脆さ不甲斐なさがよく判るというものだ。
飛鳥は手の平に残った最後の一個を手に取ると、胡散臭いほど晴れやかに笑ってそれを掲げてみせた。
「さあ、では、シャーベフルツ家の繁栄とますますの発展を祈ってぱくりとやってくれ」
と、嘘臭さ全開の言祝ぎをつぶやき、そして、なんの躊躇いもなくそれを口に入れる。
吹き荒れる、嵐のような感覚に笑みが漏れる。
「あー、楽しいな、これ。ちょっとはまりそうだ」
などとまったく普通に呟く飛鳥を、化け物でも見るような目で見つめたあと、意を決したように貴族たちが口を開いた。各自が、恐る恐るヒッツェを口の中へ入れてゆく。
さくり、というかすかな音が響き、それに遅れること数瞬で、まるで弾けるようにほとばしった幾つもの絶叫に、飛鳥が晴れやかに――邪悪に笑ったのは言うまでもない。