そこから十分が経った頃だろうか。
「それで、シュネ」
いつまでもひとりと一頭の仲睦まじいスキンシップを眺めているわけにも行かないので、飛鳥が声をかけると、
《うむ、いかがした、アスカ》
シャイネンシュピーゲルが、胸元の、ふわふわもこもこしたやわらかそうな毛をレーヴェリヒトに撫でられながら問い返す。細められた双眸が、きらりと金の光を放った。
無心に――うっとりというのが相応しいだろう表情で、まるでぬいぐるみでも撫でるかのように毛を撫でるレーヴェリヒトの姿は、とても二十歳を過ぎているようには思えない。
「友情を温めてるとこに申し訳ないんだが、何か用があって来たんじゃないのか? わざわざここまで来たってことは」
《おお、そうであった。いかんいかん、レヴィ陛下とのふれあいに夢中になって忘れるところであったわ》
「たかだか十日で大した大好きぶりだな」
《何を申すか、汝の所為なのだぞ、これは》
「あ?」
《そもそも我は……と申すより、西王虎の一党は人間が好きだがな。それでも今までは、このように、個人に心を移すようなことはなかった》
「そうなのか。普通に懐いてるんだと思ってたが」
《だから汝の所為だと申しておる。我に銘(な)を与えた汝が、レヴィ陛下を愛しておるがゆえに、我もまたそうなったのだ。銘を与えるとはつまり、魂を分け与えるということなのだから》
「……」
《言うてみれば、我がレヴィ陛下が好きでたまらぬというこの気持ちは、汝の思いを代弁しているわけだな》
「……」
《いかがした、アスカ?》
「……いや」
《?》
「今、あんたの言葉がレイに聞こえてなくて本当によかったと心の底から思ったところだ」
《よいではないか、そのくらい。愛しておるものを愛しておると口にして何が悪い》
「やめてくれ、鳥肌が立ちそうだ。なんでこんなとこでそんな恥ずかしい告白をしなきゃならないんだ、そういうのは口には出さないからこそ奥ゆかしいんじゃないか」
《汝も相当なひねくれ者だな……》
「それでこそ、俺だからな」
「なんの話してんだ、ふたりとも? 俺を仲間はずれにすんなよ、寂しいじゃねぇか」
「うるさいこのヘタレ駄目王。毛に顔を埋めながら話すなっつの。シュネの綺麗な毛皮にお前の涎とかつけるなよ」
「えー、いいじゃん、気持ちいいんだからさー」
「いいじゃんじゃない、いいじゃんじゃ。何度も言うが、二十四歳にもなって語尾を伸ばすな」
「……なんか、ことあるごとに突っ込まれてるな、俺……」
今のやり取りに含まれた強い感情など……そして飛鳥の胸中など知らぬげに、シャイネンシュピーゲルの毛を両手で鷲掴みにしたレーヴェリヒトが遠くを見る目をする。
虎が、透き通った目を細め、喉の奥で低くやわらかな声を転がした。
笑ったらしい。
《確かに、汝らはそうしておる方がそれらしく思えるな》
飛鳥は肩をすくめる。
「ま、そういうことだ。それで、何をしに来たんだった? なんか、ついつい話が脱線するんだよな……」
《おお、そうであったな。なに、今日は暇乞いに来たのだ》
「ふむ?」
《ここ数十年、特に必要性も感じなかったゆえ、一度も故郷へ戻っておらなんだのだがな。不自由な場所に囚われ、魂の危機を味わったからか、里心がついてしまったのだ。アインマールも堪能できたゆえ、故郷へ戻り、一族のものの顔を見て来ようと思う》
「……そうか」
「何だって、アスカ? シュネは何て言ってるんだ?」
「くにに帰るそうだ」
「えっ?」
「無事を報せに故郷へ戻る、と言っている」
「ええー!」
「ええー、じゃないだろうが。何だその駄々っ子みたいな言い方」
「いや、でも、だってな……」
飛鳥の言に驚きの声をあげたレーヴェリヒトが、アメジストの双眸に落胆とも哀惜とも取れぬ色を載せる。
よほど残念だったらしい。
これまでのスキンシップぶりを鑑みるに、それも当然かもしれないが。
「そっかー……」
ややあって、諦観めいた溜め息を吐き、レーヴェリヒトはシャイネンシュピーゲルの太い首に両腕を回してその身体に抱きついた。
こういうこどもっぽい仕草を見るに、外見はともかく、中身が成人しているとはとても思えない。
「帰っちまうのか、シュネ。なんか、寂しくなるなぁ」
《すまぬな、レヴィ陛下。我らもまた血のつながりを大切にする一族ゆえ》
「また帰ってくるか? これっきりとかじゃ、ねぇよな?」
寂しがり屋のこどもそのものの、どこか幼い光を宿した美しいアメジストが、懇願めいた色彩とともにシャイネンシュピーゲルを見上げる。一国を統べる王としての威厳は皆無だが、あの美貌にあの表情をされてすげなく突き放すことが出来る輩は恐らくいるまい。
神威の虎は、喉の奥にルルルと声を転がして、それからレーヴェリヒトの顔を舐めた。レーヴェリヒトがかすかに笑う。
《無論だ。このように美しい場所、一度きりではもったいない。レヴィ陛下に撫でてもらうのは気持ちがよいしな》
「アスカ、シュネは何て言ってる?」
「また来る、だそうだ」
「……そっか。じゃ、仕方ねぇ」
溜め息とともに――しかし吹っ切るように――言って、レーヴェリヒトが虎から離れる。
《それでは、世話になった》
楽しげに喉を鳴らし、シャイネンシュピーゲルが背の両翼を広げる。
ゴウッ、と、風が渦巻いた。
風は強かったが、清冽でかぐわしかった。
「またな、シュネ。気をつけて帰れよ。……ああ、ヘタレが寂しがるから、暇になったら来てやってくれ」
「ヘタレって言うな、ヘタレって! いや、でも、うん。また来てくれな、いつでも歓迎するから」
シャイネンシュピーゲルはふたりの言葉に目を細めた。
《汝らの厚情、感謝するぞ。まっこと、ヒトとは好(よ)きものよな。――我は我が受けた恩を忘れるまい、我、シャイネンシュピーゲルの名において、汝らに危機の訪れたるときは、いかなる場所にあったとしても、いかなる時でも駆けつけよう》
「気にするな、気にするだけ損だ、そんなこと。あんたはあんたの思うように、好きなようにやればいい。俺もレイも、あんたとこうやって時間を共有できたことそのものを幸運に思う。なあ、レイ?」
「うん、楽しかった。――またな」
《うむ……それではな》
そう言うと、シャイネンシュピーゲルは背の両翼を大きくはためかせ、太くて立派な前脚で軽く手すりを蹴った。まるで、身体の重さなど存在しないかのような軽やかさだった。
白銀と青に輝く巨体がふわり、と宙へ浮かんだ瞬間、レーヴェリヒトの髪が吹き散らかされるのではないかと思うほど強い風が渦巻いて、シャイネンシュピーゲルの身体は空高く舞い上がっていた。
漆黒の翼に陽光が反射し、きらきらと光の欠片を撒き散らす。
そして、少年のように手を振るレーヴェリヒトをチラリと見下ろし、ユーモラスな動きで一回転してから、シャイネンシュピーゲルは風とともに――風のように飛び去って行った。
残された風は、どこかかぐわしく、また喜ばしかった。
「また帰ってくると言ったんだ、しばらく待てよ」
姿が空の向こうに消えてなくなるまで虎を見送るレーヴェリヒトの、その横顔があんまり残念そうだったので、苦笑しながら飛鳥がそう言うと、
「……ああ」
どこか悄然とした声が返ってくる。
それでも仕事をしなくてはならないという意識はあるのか、レーヴェリヒトの足は自然と室内へ向いた。
そこへ、ドアを叩く音が聞こえてくる。
控え目で静かな、部屋の主への気遣いにあふれたその音からして、恐らく、リーノエンヴェだ。
「おう、起きてるぜ」
どうやらレーヴェリヒトも同じ人物を脳裏に思い描いたらしく、彼は扉に向かってそう声をかけ、もう一度溜め息をついてから、吹っ切るように白い頬を軽く叩いた。
扉の向こうから、予想通りの人物が、呼びかけに応じる声がする。
「神獣は義理堅ぇし、一度した約束は守るよな。じゃあ、そんなに哀しむことでもねぇか」
「そういうことだ」
「んじゃま、しゃーねぇ、ひとまず仕事に精出すかね」
「ああ、そうしてくれ。俺は朝飯を仕入れに行って、勉学に励んでくるよ」
「今日は誰だった?」
「ウェルサイオン博士とゲーレザームカイト博士とヤーヴァ博士だ」
「ってことは、地学と天文学と政治学か。いつも思うがアスカはすげぇよな、一気によくそんなに詰め込めるもんだ」
「知識や技術が脳味噌の中に詰め込まれていくのは気持ちがいいからな。ま、趣味みたいなもんだ。――じゃあ、俺は行くぞ、レイ」
「おう。今日は一緒に夕飯食えたらいいな」
「まったくだ。早く片付くように祈ってるよ」
肩をすくめた飛鳥がドアに向かって歩き出すのと同時に、流麗な大扉がゆっくりと開き、金の髪の近衛騎士団長が中へ入って来る。
「おはようございます、ご気分はいかがですか、レヴィへ…………――――アスカ? 何でそこにいるんです?」
やわらかな光を宿してレーヴェリヒトに向けられていた新緑色の双眸が、飛鳥の姿を認めるや否や訝しげに歪む。
飛鳥はまた肩をすくめた。
「何でと言われても困るんだが。俺はもう退散するから、レイに朝飯を食わせてやれ。朝食というのは朝昼晩三回の食事の中でもっとも重要な位置を占めるんだ、がっつり食わせろよ」
「言われるまでもなくそうしますが、どこから入ったんですか本当に。もしかして、警備体制に問題があったんじゃ……?」
「そもそもここに警備体制もクソもないだろ。ハイルの魔法に頼り切るのもどうかと思うぞ、ってことだ。まぁ、どっちにせよ普通の連中には出来ない潜入方法だから心配要らん。それじゃあな、レイ。またあとで」
「おう、お前も頑張れよ」
「ああ」
晴れやかに笑うレーヴェリヒトへ軽く手を上げて挨拶したあと、なおも不審げなリーノエンヴェの横をすり抜け、飛鳥は部屋を出た。
明るい、強い日差しが廊下へ差し込んでいる。
「暑くなりそうだな、今日も」
徐々に真夏に近づいてゆくリィンクローヴァ及びソル=ダートだが、からりとして湿度の少ない気候は、その暑さを心地よく感じさせる。
時刻は恐らく、七時を半分ほど回った辺りだろう。
フィアナ大通りへは、三人そろってから出かけることになっている――何せ圓東がそう熱烈に主張するのだ――ため、ふたりが帰ってくるまで待たなくてはならないが、最近夜明けが早いから、金村の起床もやたら早く、それにつられて、圓東はもうトレーニングを終えているかもしれない。
あんなにまめで規則正しい生活を送っているヤクザは見たことがない、むしろそれをヤクザと言ってしまっていいものなのか甚(はなは)だ疑問だ、などと思いつつ居宅へ戻る。
「んあ、オハヨウ。お帰りアニキ。どこ行ってたの?」
案の定、ふたりはすでに帰宅していた。
圓東は、動きやすい、汗を吸いやすい麻のズボンに、Tシャツに似た風合いのチュニカを着ていた。それがしっとり濡れているところを見ると、一仕事終えてきたものであるらしい。
「おはよう、若。今日もいい天気になりそうだな」
「ああ、おはよう。夏らしくていい空じゃないか。日本ほど湿度が高くない分、過ごしやすそうだ」
「確かに」
「今日は早めに出たのか?」
「ああ、三十分ほどな」
「成果はどうだ?」
「悪くねぇ」
「そうか、ならいい。何事も、積み重ねが大切だからな。さて、俺は十時から勉強だ、出来るだけ早く朝飯にありつきたいんだが、もう出てもいいのか? そこのポチに休息は必要か?」
「ポチってなんだよ、アニキ! おれ犬じゃないよ!」
「なら、タマでもシバでもミケでもコロでもいい」
「猫と犬が混じっただけで何のカイケツにもなってないしっ。……あー、うー、いや、まぁいいや、ここでシュチョーしても多分何にもおれのリエキになんないし。休憩はいいから飯食いに行こうよ。ハラ減って死にそう」
「ふむ、確かに大分整ってきたな。始めた当初なんざ、絨毯の海で溺れ死ぬんじゃないかってくらい沈没してたもんな。そこそこの成果が上がっているようで、安心した」
「え、そう? そう褒められると照れるなぁ……」
「世界が変わり、劇的に周囲が変化したとはいえ、たかだか一ヶ月のブランクで有用なトレーニングも組めなくなったのかと落胆するところだ。対象が所詮ポチだとは言え、な」
「……うう、全然褒められてない…………」
非情というよりも、自分の都合一辺倒、の飛鳥の発言に、圓東がさめざめと泣くジェスチャーをする。飛鳥はそれには頓着せず、棚から出してきた拭布、タオルに似た手触りのそれを圓東に向けて放った。
「とりあえず着替えて来い、その恰好で市場には行けないだろう。五分で戻って来なかったら置いていくからな」
「えっ、あ、はいっ! すぐ来るから待っててくれよなっ」
拭布を手にした圓東が慌てて上階へ上がってゆく。
「あんたの方はどうだ、金村」
「ん?」
「仕事は決まりそうか」
「ああ、それか。色々ありすぎてどう選ぶか悩んでるところだな。まぁ、それほど焦らなくていいって向こうさんも言ってくれてるから、自分に一番合ったのを選ぼうと思う」
「そうか、まぁ、慎重にな。後悔だけはするなよ」
「違いねぇ」
「圓東はどうだ?」
「色んな案は出されたみてぇだがな。賄い場の連中にも気に入られてるみてぇで、手先も器用だし料理人が一番有力なんじゃねぇかって周囲は言ってた。もっとも、圓東本人は、なんとか言う細工師に弟子入りしてぇって申請してたみてぇだが」
「ああ……何度か遊びに行ったとかいうアレか。あいつに細工師ってのは確かに似合ってる気がする、俺からも頼んでおくかな」
「そうだな、頼む。圓東が自分からああやって自己主張すんのは珍しいんだ、俺としても叶えてやりてぇ」
「……いつもものすごい勢いで自己主張してる気がするんだが。あれが控え目だとしたら、世界中の人間の大半は自分の意見も碌に口に出来ないような引っ込み思案ということにならないか?」
「そりゃ、相手が若だからだろ」
「…………喜ぶべきか哀しむべきか、判らん」
「喜んでやってくれ。いずれ……そのうちに、本人が自分で話すだろうから詳しくは言わねぇが、あいつも結構苦労してきてるんだ」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
「……ふむ」
「大変お待たせしましたっ。エンドーキョースケ準備かんりょ……って、なに、何の話?」
うるさい、聞き苦しい隙だらけの足音とともに、すごい勢いで上階から駆け下りてきた圓東が、いつものように敬礼の仕草をしてから、飛鳥と金村の間に流れる微妙な空気に気づいたのか首を傾げた。
飛鳥は肩をすくめるというお定まりのポーズをしてから首を横に振った。
別に、あえて説明すべきものでもない。
「何でもない。さて、では行くぞ。金は持っただろうな?」
「はいはいっ、トーゼンですよ! さー、今日は何を食おうかなー」
「俺はあの野菜を串に刺して焼いたヤツが気に入ってる」
「おれはもちろん串焼き肉の方が好きだけど……アニキが食べ物に『気に入ってる』って言葉を使うのは珍しいよな」
「ああ、俺も自分に驚いてるところだ。金村、あんたは?」
「そうだな、でっけぇソーセージを酢漬けの野菜と一緒にパンに挟んで食うのは好きだが。……まぁ、正直言うと、久々に米とか味噌汁とか漬物が食いてぇとこだな」
「あー、確かにー。ここ、米って売ってないのかなぁ。おれもちょっと醤油が恋しいかも。アニキが着てるような、アジアっぽい、和っぽい服があるんだから、和っぽい食べ物があってもおかしくないのに」
「そういえば、観ないな。本来麦より有用な作物だから、別の土地では栽培しているのかも知れんぞ。今度それも調べてみよう」
「うん。梅干の入ったおにぎりなんか、いいよなぁ」
「なら、似たような材料を調達してきて作ればいいんだ。梅干は梅の木がないと不可能だが、味噌や醤油なんか、大豆と塩と麹があれば作れるだろう。大豆はここでも主食のひとつだしな。もっとも、麹を準備するのは多少大変かもしれないが、それも応用は利くはずだ」
「あ、それいいかも。アニキはアタマいいなぁ」
「俺としては、こんなことで頭がいいと言われると、反対に馬鹿にされているようにも思うけどな」
「いや、純粋に褒めてんですけど……」
などと、飛鳥が加わっている会話にしては珍しく、食べ物に関する話題で盛り上がりつつ、どこまでも続く階段を延々と下りる。
何度上り下りしても恐ろしく長い階段だが、これが外へ、フィアナ大通りへつながっていると考えれば、辛さや億劫さなど微塵も感じない。
もっとも、指の力だけで壁を登る飛鳥が、階段の上り下りなどという、一般的な生活行動の一部に対して疲れを感じるはずもないのだが。
圓東の基礎体力及び肉体機能が少しずつ上がっているのも確かなようで、途中のひとやすみを入れる必要もなく、部屋から五分もかからずに、一行は一階へ到着した。
「これで、立ち止まることなく、息切れせずに部屋まで戻れるようになったらトレーニングは成功だ、精々頑張ってくれ。更に発展させたいというのなら、全力疾走でこの階段が駆け上がれるようになるくらいのトレーニング・プログラムを組んでやる」
「う、うん……とりあえず、まずは、ひとやすみナシで部屋まで行けるようになるよ……」
「それはいい心がけだ」
飛鳥たちは、忙しく立ち働く侍従たちの姿を横目に見ながら――彼らが口々に投げかけてくる親しげな挨拶に応えながら――まっすぐに進み、この城の顔でもある大ホールへと向かう。
ここを抜け、正門から城下へと降りるのがいつものやり方なのだ。
「……今日も忙しそうだな、皆」
まだ八時前だというのに、大ホールにはたくさんの人たちがたむろしていた。手に様々な紙束を持ち、忙しげに、あちこち動き回っている。
乱世という時代であるのと同等に、このリィンクローヴァでのまつりごとが、活発で動きのある善政だからかもしれない。下の者がこれだけ忙しいなら、彼らの頂点に立つレーヴェリヒトの忙しさにも予測がつく。
「若はあれを手伝うんだろう?」
「ま、そういうことだ。まだ準備中だけどな」
「やれそうか?」
「誰に向かってモノを言ってるんだ、あんたは。雪城飛鳥様に不可能はない」
「そりゃ心強ぇ。王様が過労死する前に何とかして差し上げてくれ」
「当然だ」
淡々とした、本気なのか冗談なのか判然としない会話を交わしつつ、ホールの真ん中まで来た辺りで、飛鳥は見知った顔を見つけた。
そして、かすかに首を傾げる。