飛鳥が、嫌がるレーヴェリヒトを引っ張って夜会に参加したのは、次の日の夜のことだった。
 予定では明後日のはずだったが、圓東が頑張ったお陰で細工物が早く仕上がったため、とっとと仕込みをしてしまおうと思ったのだ。
 ちなみに、すっかりこの作業が楽しくなり、またコツを掴んだらしい圓東は、師匠であるバドと、彼と親しくしている熟練の細工師たちともに次々と新しい細工物の作成に取り掛かっているようだから、明日にも明後日にも、どんどん完成品が増えていくことだろう。
「だから俺はこういうとこ苦手なんだって……」
「俺だって得意じゃあない。だが……『死合い』を有利に進めるにはこれが必要なんだよ」
「あー……」
 飛鳥の命の他に自分の貞操までかかっている戦いなのだ、納得せざるを得なかったらしいレーヴェリヒトが盛大な溜め息をつく。
 と、
「あら……いらっしゃいませ、レヴィ陛下、それにアスカも。来てくださって嬉しいわ」
 露出度の高い、それなのに嫌らしさのないドレスに身を包んだ女が親しげな笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りで近づいてきた。
「シャルエリア・センテ・ロヤリテート卿か。……世話になる」
「水臭いわね、シャリィと呼んで。楽しんでいってくだされば、それだけでわたしは嬉しいわ」
「ああ、ありがとう」
「今日のおふたりはお揃いの衣装なのですね? 簡素で地味なのに……レヴィ陛下とアスカがそれをされると、なんだかドキドキしてしまうほど美しく感じますわ。それに……その、腰の飾りは?」
 十大公家の一員たる女が言うように、今日のふたりは、揃いに近い黒の衣装を身につけている。
 どことなく和的なデザインの、着物をリメイクして動きやすくし、そこに脚衣とブーツを合わせたかのようなそれは、この華やかな場には似つかわしくないほどシンプルで、そして明らかに武装だったが、少なくとも、それを身にまとい、腰に剣を佩いたレーヴェリヒトは、雄々しくありながら優美で、この上もなく美しい。
 前のようなことがあっては困る、と、この恰好をしたのも確かだが、飛鳥の狙いは他の位置にあった。
「ん、ああ、これか?」
 シャルエリアの物言いにレーヴェリヒトが笑い、腰から下がった球形の細工物を手に載せる。
「……綺麗」
 シャルエリアが童女のような率直さで言い、爪の美しく整えられた指先でそっと触れた。
 そう、これを映えさせるために、ふたりは敢えてシンプルな装いをしているのだ。
「キースが……アスカの眷族が創ったんだ、すげぇだろ」
 レーヴェリヒトの白い手の中で美しく自己主張するそれに、シャルエリアのみならず他の参加者たちの視線が集中した。レーヴェリヒトが手にしているから、というだけではなく、それは事実、思わず視線を釘付けにされてしまうほど美しいものなのだ。
「これは……根付ですか?」
 同じように細工物を載せた飛鳥の手元を覗き込みながら、貴族の青年が不思議そうに言う。
 飛鳥の手の中にも、すべすべに磨き上げられた真っ白な木と、しなやかにつやつやとした竹と、そして滑らかで質のよい紙が組み合わされた美しい細工物、よく磨いて艶を出した竹と白木を巧みに組み合わせて作られた、林檎より一回り大きな籠状のものが、誇らしげに鎮座している。
 完璧なる球形の、大ぶりの一文字菊と優美な丹頂鶴の彫刻が施されたそれは、リィンクローヴァが属する第三大陸のデザインとはまるで違ったが、この大陸であるがゆえに、エキゾティックで美しい。
「いや、これは行灯だ」
「アンドン? なんです、それは?」
 飛鳥が言うと、青年貴族は首を傾げた。
 当然、日本語の単語を口にしたところで、発音し難いばかりで何のことかも判るまい。
「あー……ランプの一種、だな。俺の故郷では、昔、これで明かりを採っていた」
「まぁ……綺麗なものですのね、レヴィ陛下」
「おう、素晴らしい、って言うしかねぇ細工だろ。こんなもんを創っちまえるんだから、職人ってのはすげぇよな。――そうだ、シャリィ、もっと綺麗なもん見せてやるから、ちょっと明かりを消してくれねぇか」
 レーヴェリヒトが言うと、シャルエリアは頷き、侍従を促した。
 と、ホールを穏やかに、やわらかく照らし出していた銀灯のランプが消され、周囲を暗闇が満たす。
「えーと……どうやるんだっけか、アスカ」
「そこで訊くな。もっと颯爽と着けてみせろ。……ランプの尻の、そこのつまみを下に引くんだ」
「あ、これか」
 一部間抜けなやり取りのあと、飛鳥がつまみを引くと、白木と竹と和紙を使って創られた和の極みの如きランプがふわりと光をまとった。
「おお……」
 誰かの感嘆の声が聞こえる。
 内部に、つまみを下に引くと仕切りが上がり、ふたつの光霊石が触れ合って発光する仕掛けを持つランプである。
 光霊石の発する光は、普通の火よりも白く、どこか冷ややかだが、
「この……紙は、リィンクローヴァのものとは少し違うのですね。この紙を通すと、光の質感が変わるのが判ります。なんともぬくもりのある、やわらかな風合いだ……」
 木組みの内側に貼り付けられた白い和紙、障子紙を緻密に丈夫にしたような紙を通して見ると、驚くほど穏やかな、静かでやさしい光になるのだった。
「それに、この細工が、光に浮かび上がるのも……美しい」
 誰かが溜め息混じりに言うのが聞こえるように、大ぶりの一文字菊と丹頂鶴の彫刻は、透かし技術を駆使して創られており、内部からの光を受けてその細工の細部までを浮かび上がらせるのだが、これがまた驚くほど精緻で、今にも動き出しそうなほどリアルなのだ。
 そしてそのリアルさに、和紙から透けた光が加わり、幻想的な美しさを醸し出しているのだった。
「本当に素敵なランプね……アスカ、これは売り物ではないの? わたしも是非、ひとつ欲しいわ」
 ややあって、ホール内に光が戻ったあと、シャルエリアがふたりの腰から下がるそれを見遣って言う。
 飛鳥は少し笑って、圓東に命じて創らせた三つ目を彼女へ差し出した。
「……いいの?」
「ああ。これは、これから売りに出そうと思っているものなんだ。そこそこ腕のいい職人でないと創れないとはいえ、コツさえ掴めばそう難しくはないようだし、材料費もそれほど高くはないから、手軽に、色々なデザインのものを持ってもらえるようになると思う」
「ええ、そうね、わたし、もっと他の彫刻のものもほしい、って思ってしまったもの」
「だろう? だったら、それを進呈するから、宣伝をしてくれないか」
「宣伝?」
「ああ。もうじき大々的に売りに出すから、買いに来てくれ、ってな」
「そう……判ったわ、ありがとう。これの名前は何と言うの?」
「ん? 名前か……あまり考えていなかったが、そうだな、幻和灯、にでもしようか」
「素敵な名前ね」
 嬉しげに言ったシャルエリアが、ランプにつながる綺麗な組み紐を優美な手つきで持ち、目線の高さに掲げる。
 それを見る他の貴族たちの間に、どこか羨ましげな空気が流れたのを見て取って、狙い通りの流れに内心でほくそ笑みつつ――異文化の中に異文化を放り込めば、大抵の人間は釘付けになってしまうものだと予測はしていたものの――、飛鳥は用意していた誘いを口にする。
「あんたたちも、宣伝に協力してくれるんなら進呈するぞ?」
 ――無論、否やの声など上がりはしなかった。