ジーンもリコも、ネイクに迫る魔族をまったく気にすることなく、めいめいに手近な魔族と対峙していた。
 何故なら、
「いや、甘いと思うよ、俺は?」
「神子姫様の結界を抜けられたからといって、中級魔族ごときが、小賢しい」
「櫻良を侮辱した罪は償ってもらいますよ」
 見事な、と表現するしかないような絶妙のタイミングで動いた三人の副隊長が、第一部隊隊長ネイクの前に立ちはだかり、それぞれの不可解な美技でもって、それぞれに迎撃の態勢に入ったからだ。
「俺は別に、弱いものいじめなんてしたくないんだけど。まぁ、来るもの拒まずってことで」
「アティ、それ多分使いどころを思いっきり間違ってる」
「あ、そうか。じゃあ……一期一会でどう?」
「それはまぁそうでしょう、その場限りで斃してしまうんだし。一生に一度の出会いよね、確かに。……って、そこで納得する自分が嫌だわ」
「はは、でもまぁ、言い得て妙だよね」
 こんな時でも勢いを失わないメイファのツッコミに飄々と笑った第二部隊副隊長アーティスが、優美なほど滑らかな動きで剣を構えると、彼の手にした大きなそれ、剣という、櫻良にとっては非日常的なものではあれ、やはり剣以外の何物でもない、何の変哲もないように見えるその刃の部分が、唐突にはらりとほどけ、全部で九本の、細い銀色の鞭になった。
 それらは驚くほど自在に……波打つように動き、空を切ると、肉薄した青年魔族を一気に絡め取った。
 咄嗟に身体をひねり、運よくその銀の鞭から逃れることの出来た魔族も、その背後で待ち構えていたケーニカとメイファを相手にすることになる。
 あっという間にふたり目を消滅させたジーンとリコ、そして無造作に振り下ろした剣でシャンタンを黒い炎に変えてしまったネイクは、すぐさま次の、手近な場所にいた魔族めがけて走り出していた。
『な、なんだ、これは……!?』
 勢い余って地面にもんどりうったメタリック・オレンジの目の魔族がもがくのを、
「ま、運が悪かったと思うといいよ」
 そんな飄々とした言葉とともに笑ったアーティスが、鞭なのか剣なのか判然としないそれを勢いよく引くと、
『があ、あぁあ……っ!』
 銀の線は魔族の身体にやすやすと食い込み、漆黒のその身を完膚なきまでに引き裂いて、黒い炎へと変えてしまった。
 それはあまりにも容易い、非現実的ですらある殺戮だった。
 櫻良が恐怖し目をそらす暇すらなかったほどの。
 ――むろん、血がまったく出ないことも、現実味や恐怖感が薄い理由のひとつではあったのだが。
「ふむ……ま、こんなものかな?」
 言ったアーティスが無造作に剣――今の状態をそう言っていいものなのか微妙なところだが――を振ると、鞭状だったそれはごくごく自然にまとまって一本の剣に戻った。なにをどうすればあの剣がそうなるのか、櫻良にはまったく判らなかった。
 彼は自分の行為にまったく無頓着だったが――恐らく、彼にとっても、戦うことや人を殺すことは日常的な、普通の行為なのだろう――、仲間を瞬殺された方はそうも行かなかったようだった。
『く……クローキア!』
『いったい何なの、あなたたちは……!』
 メイファと向かい合っていたメタリック・グリーンの目の少年魔族と、白く輝く爪でケーニカの剣と組み合っていたメタリック・オレンジの目の女魔族、先刻カリアンと呼ばれていたふたりが、恐慌にも似た色彩をめいめいの顔に貼り付けて呻く。
 ケーニカがひんやりと笑った。
「この程度のことで取り乱すなんて、ありえないほど退屈な輩(やから)ですね。仮にも戦士なら、何がどうしてと問う前に、相手の喉笛のひとつも食い千切ってご覧なさい。それが出来ないのならば、神殿騎士を敵になど回そうとはしないことです」
 その声は、ジーンと同じく、櫻良に向けられるものとはまったく違った。
 カリアンが、メタリック・オレンジの目に激しい憎しみを込めてケーニカを睨む。
『神子姫の犬が、偉そうに!』
「何を今更、そんなことを。犬だからこそですよ。主人の偉大さと栄光とを心底知るがゆえに、何の疑問も持たずその責務をまっとうできるのです。それが、神殿騎士の覚悟と誇り」
 周囲まで凍りつきそうな声、などと思っていた櫻良は、それがただの比喩、表現上だけのことではないことに気づいて思わずまわりを見渡し、視線がケーニカへ行き着くと、眉を疑問のかたちにした。
 ――カリアンの爪、研ぎ澄まされたナイフのようなそれを手にした剣でこともなげに受ける女騎士の周囲を……彼女の周囲だけを、白くきらめく雪片もしくは氷片がちらちらと舞い踊っている。
 それはまるで、白く切り出された氷の花のようだった。それらは儚い美しさを持っていたが、そのひとかけらひとかけらは斬りつけるように冷たい。
 氷花の放つ冷気で、そこから十メートル以上離れている櫻良までが寒さを感じているのだ。相当な冷たさである。
 カリアンもそのことには気づいているのか、周囲を舞い散る白い欠片を、視線の端で訝しげに捉えているようだった。
 ――この神統世界の季節が何なのか、櫻良には判らない。
 彼女は、この世界での月の数え方も、一年が何ヶ月なのかも、四季があるのかすらも知らないのだ。
 それでも、今が冬でないことくらいは判る。
 そして、たとえ冬だったとしても、雪や氷がたったひとりの周囲だけを舞うなどという現象があるはずもないことも。
 だから、これは、ケーニカが起こした何かなのだろう、きっと。
 この世界にはそういう不可思議な力が働いているのだと、これは普通のことなのだと理解しつつ、櫻良は、夜歌の背に守られるようにして――夜歌という盾から覗き込むようにして、息を飲んでそれを見守っていた。
 誰も怪我をしないようにと祈りながら。
「――私は、ジーン隊長ほど激烈な、厳しい人間ではありません」
 ケーニカが、組み合ったまま身動き出来ずにいるカリアンへ、淡々と言葉をかける。彼女の吐く息は、白かった。
「魔族もまた生きている以上、無益な殺戮を好みはしません。戦う意志のない、他者を害することのない者を殺めるほど残虐でもない」
 ぱきん。ぱりん。
 不意に、何か硬くて薄いものが割れるような音がした。
「ですが」
 ケーニカの声が冷たさを増す。
 ぱきん。
 また、音がした。
「神殿都市の、神子姫の、そして灯火の敵となれば話は別です」
『……それが魔族の存在理由よ。私たちは、この世界を食い尽くすために生まれたのだから』
「ええ。ならば、判り合えるはずもない」
『だったらどうするの、騎士様。ほら、力では互角のようよ?』
「忌々しい限りですが、そのようですね。腕力には自信がないもので」
『なら、どうやって私を殺すつもり? 魔族がちょっとやそっとでは疲れを感じないことも、多少の攻撃では死なないことも知っているでしょう? お仲間には、あなたを手伝う気はないようだけど』
「簡単なことです」
 ケーニカの言葉は冷ややかで、淡々としていた。
 そこには幾ばくの焦りも、気負いもなかった。
 ぱきんっ。
 また、あの、甲高い音がする。
『何がどう簡単なのか、』
 教えてちょうだいとか、やってみなさいとか、カリアンが口にしようとしたのは多分そう言った意味合いのことだっただろう。
 だが……彼女が、それを、すべて言葉としてつむぐことは出来なかった。
 ぱきんっ。
 ――何故なら。
『な……あ……あぁ……!?』
 それは一瞬のことだった。
 何の予兆もなかった。
 突如、カリアンの足元から、柱とも樹とも取れぬ、幾重にも枝分かれした奇妙なかたちの巨大な氷塊が生えたのだ。
 いや……それは『生えた』などという生易しい現れ方ではなかった。
 銀光を含んで輝く氷塊は非現実的なまでに美しかったが、恐ろしく寒々しかった。物理的な問題ではなく。
 まるでケーニカの感情をそのまま表すかのように、それは確かに、冷ややかな怒りを含んでいた。
 カリアンの真下から唐突に――怒涛のごとき勢いで出現した氷のオブジェは、まったく反応できなかった女魔族を上空に弾き飛ばすや、その銀色の枝のようなものを伸ばして彼女の身体を絡め取り、自らの中へあっという間に取り込んでしまった。
 氷中花ならぬ、氷柱中魔とでも言えばいいのだろうか。
『……! 、……ッ!!』
 樹木のようにそびえ立つ氷柱の、地面から五メートルほど離れた空中にカリアンの姿がある。白い美貌を恐慌一色に染めたカリアンが、氷の中でもがくのが見えた。
 しかし、彼女を取り込んだ氷柱には、ひびが入る様子すらない。
 ケーニカがまた冷やりと笑った。
 そして、剣を掲げ、
「さよなら、愚かな人」
 そう言うと、その刃を氷柱に打ち付けた。
 しゃり・ん!
 響いた音は涼やかだった。
 ケーニカが剣で氷を打った瞬間、高々とそびえ立った柱は微塵に砕け散り、辺りに白く輝く小さな破片を舞い散らせた。
 ――中に封じられた、メタリック・オレンジの女魔族ごと。
 魔族の死の証である黒い炎が、ほんの一瞬空中で揺らめき、大気に溶けて消えたのが見えた。
「お見事」
 薄く笑ってそう言ったのは、メタリック・グリーンの目の少年魔族と相対しているメイファだ。魔族が必死に爪を繰り出すのを、涼しい顔で避けながら、まるでからかうように剣を揮っている。
 それは、戦いというより舞のようだった。
「さあ……では、せっかくの灯火のご光臨だし、わたしも少しはいいところを見せましょうか。といっても、わたしには、アティやケーナのような非常識な能力はないんだけど」
「非常識とは失礼な」
「メイに言われるとちょっとショックです」
 メイファがうそぶくと、間髪入れずツッコミが入る。
 どんな場面でもコミカルな三人組だ。
「……ちょっと本当のことを言っただけでこうなんだから。私ほど平凡な神殿騎士はいないのに。もっとも、幸いにも、この程度の相手に遅れを取るほど才能に恵まれていないわけでもないけれど」
 肩をすくめ、淡々と言うメイファに、彼女と対峙している少年魔族が激しい憎しみの目を向けた。
『ふざけるな、犬め!』
「犬はジーン隊長で十分よ」
 しかしメイファは、こちらもまたアーティスと変わらぬ飄々とした態度で、当たればただではすまないだろう爪の一撃を軽々とかわしてゆく。
 爪が、その部分にあるまじき鋭い音を立てて空を斬るが、それらの攻撃はメイファをかすることすら出来なかった。
 少年魔族の白い繊細な美貌を焦りの色がかすめる。
 それが魔族にとって唯一の攻撃手段なのか、それとも今回はたまたま武器を持って来なかっただけなのかは判らないが、先刻ケーニカから散々に恐ろしい話を聞かされた櫻良は、メイファに翻弄され続ける少年魔族や、隊長三人組と距離を取りつつ睨み合っている残りの魔族の姿に、これが本当に人類の敵と呼ばれる恐ろしく忌まわしい存在なのかという疑問すら抱きかけ、次に、彼らの相手をしている隊長副隊長たちが魔族を凌駕するほど非常識なのだという結論に行き当たった。
 だからこそ、魔族の姿を目の当たりにした人々は、パニックに陥ることもなく、ただ邪魔をしないように避難しただけだったのだ。
 これが、神殿騎士団を率いるトップたちの実力ということなのだろう。
『くそッ……くそ、何故だ、何故当たらない……!?』
「当然、あなたが弱いから」
『ほざけ!』
 メイファの、優雅な舞を髣髴とさせる足さばきに見惚れていた櫻良は、からかうように少年魔族の攻撃を避けるメイファの足元に、いつの間にか直径一メートル程度の円が引かれていて、彼女がその円の上でしか動いていないことに気づいて首を傾げた。
 彼女の足は、たった一メートルの円の中からはみ出ることすらなかった。
 くすり、とメイファが笑う。
「そろそろ飽きてきた。あなたは気づいていないでしょう、自分が踊らされていることに」
『戯言を……ッ』
「ほら、判っていない。ああ、つまらない、所詮は中級、歯応えがないわ」
『所詮、だと!? 我ら第五位階の魔族を前に、所詮とほざくか!』
「その言い方、頭悪そうだからやめた方がいいわよ」
『黙れ、犬……っ!』
「だから犬はわたしじゃないって言ってるのに。まったく、呆れるほどオリジナリティのない台詞ね。ああ、嫌だ嫌だ。魔族がうつったら嫌だから、そろそろ始末しましょ」
「……魔族ってうつるのかなぁ」
「さあ。確かにうつっても困りますけどね」
 背後からの暢気な会話には頓着せず、軽やかなまでに気安く言ったメイファが、怒りと憎しみに双眸を燃え立たせて突っ込んできた少年魔族を、やはり円上からは動かぬままでひらりとかわし、かわしながらその身体を蹴り上げた。
 それは素晴らしく見事な蹴撃ではあったが、メイファのような、線の細い美人にあるまじき怪力で、
『が……ッ!?』
 低い呻き声をあげた少年魔族の身体は五メートルばかり吹き飛ぶ。
『くそ……お前、本当に何者だ……ッ』
「あら、最初から平凡な神殿騎士だと言っているはずだけど。わたしには、武器の姿を自在に変える能力も、水と氷を自在に操る能力もない。けれど、わたしは、彼我の間、わたしとあなたとの距離を自在にコントロールすることが出来る。それだけのことよ」
 もんどりうって地面に叩きつけられたあと、跳ね起きた少年魔族のもとへ、初めて円上から出たメイファが、滑るような速さで到達した。
 それも彼女の能力によるものだったのか、円は、メイファがそこを離れた瞬間、するりと地面にほどけて消えた。
 彼女の手にした剣が、きらり、と光を反射する。
「その平凡なわたしに敗れたことを、魔界の闇の中で恥じるといいわ」
 言ってするりと少年魔族の懐へ入り込み、剣を一閃させる。
『あッ……ぐ、が……ッ』
 リコと同じく、女性が揮うにしてはやや大きすぎるほどの剣に、右脇腹から左肩までを一息に撥(は)ね上げられ、くぐもった苦鳴の声を上げた少年魔族がよろめく。
『セエブ!』
 残った魔族が悲鳴のように彼を呼ぶと、白い美貌を苦痛に歪めた少年魔族は、ぎゅっと歯を食いしばったあと、
『……退け……フィアベルラ……ッ!』
 ひどくかすれた最後の息を吐き出し、次の瞬間黒い炎になって消えた。
 メイファが、血糊などついていないのに剣を払う。
「それのどこが平凡なのか、一度夜が明けるまで議論してみたいものですが、ひとまずお疲れ様メイ」
 ケーニカの労いの言葉に、メイファは軽く肩をすくめてみせた。
「疲れるほど働いてもいないけどね。やっぱり、隊長は違うわ」
「ええ、単純計算でも私たちの三倍働いてます」
「っていうか、今回の連中って第五位階? なんだ……その程度の相手に馬鹿にされたのか、俺たち。ちょっとショックかも。仕方ない、今夜は枕を涙で濡らそう」
「ショック受けすぎでしょう、それ。でも、よりにもよって私たちがこうして集っているところへ無謀にも突っ込んでくるのだから、所詮は虫ということね。思慮などあろうはずもないのだわ」
「その虫ごときが、我らが灯火を侮辱したのですね。まったくもって許し難いですよ。もっとも、虫に怒ってみせたところで無駄なのでしょうが」
 先刻のコミカルな調子はそのままに、しかし内容には冷ややかな棘と毒とを含んで、三人の副隊長が言葉を交わす。
『おまっ……お前たちは、いったい何なんだ! たかが人間が、何故、こうまで……!?』
 副隊長三人組がひとりずつ倒す間に、更にもう一体ずつ始末していた隊長三人とめいめいに対峙する残りの魔族のうち、フィアベルラと呼ばれた青年魔族が、メタリック・パープルの目に恐怖と恐慌とを宿して叫ぶ。
 魔族はもう、三人しか残っていない。
 アーティスがくすりと笑った。
 メイファが肩をすくめる。
 ケーニカは価値のないものを見る目をしてから鼻を鳴らした。
「《百様使(ヒャクヨウシ)》アーティス・ケイプ」
「《黄金率(オウゴンリツ)》メイファ・ライラックヒル」
「《氷涯花(ヒョウガイカ)》ケーニカ・ヘッジ」
 名乗りは静かだった。
 そして、凄絶な力と、揺るぎない誇り高さとを含んでいた。
 彼らもまた、先刻の門外でのジーンと同じように、その名をもって周囲に知られる存在なのだろう、名乗りを聞いた瞬間、残った魔族がヒュッと音を立てて息を飲んだ。
 驚愕が、白い面に浮かび上がる。
『神殿都市の番犬を統べる者どもか!』
『では、あちらの、あの三人は、部隊筆頭の……!?』
『くそっ、引き上げだ、パアラ、ティアルヒエ! 我らの手に負える相手ではない、ルークオウネ様とアルムブラシア様にご報告を……』
 青年魔族がそう言い、それに頷いたふたりの少女魔族は身を翻そうとしたが、何故かその途中で動きを止めた。
 メタリック・グリーンとオレンジの双眸に絶望めいた色彩を貼り付け、すべての動きを止めて、ただ一点を凝視している。
『どうした、パアラ、ティアルヒエ、』
 訝しげにふたりを催促しようとしたフィアベルラもまた、そこに視線が行き着くと、メタリック・パープルの目を絶望一色に染めて動きを止めた。
 戦いはまだ終わっていないというのに、いつの間にか剣を腰に戻していた神殿騎士たちが、魔族たちの視線と同じ方向を向いて、ほぼ同時に片膝をつく。それは流れるように優美でうやうやしく、深い敬意と親愛の情の含まれたやわらかな動きだった。
 何があったのかと、彼らからずいぶん遅れてそちらを見遣った櫻良は、
「物騒な客人がおいでのようね。――残念だけれど、おもてなしは、できないわ」
 銀の鈴、水晶の琴、それとも宝石で出来た笛の音色のような、今まで聴いたこともなかったほど美しい声の、その主を目にして固まった。
「――――わざわざのお出で、痛み入ります、神子姫(みこひめ)さま」
 ひざまずき、こうべを垂れたネイクが恭しく告げる。
 神子姫と呼ばれた女性、まぶしいほどの白銀の髪に、ムーンストーンを思わせる神秘的でやわらかな色合いの目、そして滑らかな褐色の肌を持つ、言葉を失うほどに美しい人物は、彼の言葉に静かに頷いた。
 櫻良は、彼女がにっこり笑って自分へ視線を向けるのを、身動きもできず、呼吸すら止めて見つめていた。
 ――魔族のことなど、その瞬間の彼女の脳裏からは消え果ていた。